さかな

永い言い訳のさかなのネタバレレビュー・内容・結末

永い言い訳(2016年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

村上春樹作品と似てると思った。
喪失に向き合えない主人公が内面の問題を克復し、自分なりの向き合い方を見つけるという流れ。このパターンは大好物だ。


人気作家の主人公は妻が事故で亡くなっても悲しめない。「20年妻に髪を切ってもらってたのに、これから誰に切ってもらえればいいのか」。一見感動的だが自分のことしか考えてない。世間の思う「遺族」を演じられてるか、演技が見透かされないか、秘密がバレないか、そればかり心配している。自業自得とはいえ苦しそう。

子守の下りの使い方がすごくいい。
悪戦苦闘して微笑ましくて、一見主人公がここで成長してるように見えるけど、結局これも「逃避」だよねってことがズバッと作中で指摘されている。愛情を拒否できない子どもという、妻に代わる依存先に過ぎなかったのかも。

人の悼みをなぞったって前には進めない。だって彼は事故の前からとっくに妻を失っていたから。
妻からの未送信メールに気づいた主人公はショックを受け、自分のクズっぷりを隠しきれなくなる。
カメラの前で暴言を吐く。
嫉妬を剥き出しにする。
自分の本質を象徴する秘密を吐露する。
カッコつけてた主人公が無様に周りを傷つけるこのシーンこそ、内面の問題を克服した場面なんだろうなと思った。


そして作中二つ目の事故が起こる。妻の事故の二の舞になるかと思いきや、今度はちゃんと電話に出る。
そして自分が放り出した少年に謝り、自分の言葉で妻について語る。
「自分を大事に思ってくれる人を簡単に手放しちゃいけない。みくびったり、おとしめたりしちゃいけない」

なんだよ〜そんなのわかってるよ、主人公だって、妻が死んだ時から薄々と気づいてたんじゃないか?
と思うんだけど、ノートに書きつけた言葉。「人生は、他者だ」。これがグッとくる。
その境地に辿り着くまでの永い旅だったんだねって。


監督は主人公に自分を投影したらしい。
エッセイを読んでみたらすごく納得感があった。とにかく毎回自虐する。強烈な自尊心があるからこそ保険かけてるのがビンビン伝わってくる。そしておこがましいが共感しかない。
私は自分の自尊心とどう付き合っていいか分からなくて毎日悩んでる。
でもこんな素晴らしい作品に昇華することもできるんだと知って、愛すべき歪みなのかもしれない、と思えた。

インタビューを読んでると、女性監督なのに男性の主人公が多いねと指摘されることが多いみたい。男の監督が女性主人公撮っても同じこと聞くんだろうか。
そんな表面的なことはどうでもよくて、ジェンダーで言ったらこの作品の家族観や、物語における子どもの役割には救われた。
主人公に学びをくれるのは血を分けた子どもじゃなくていい。子育てだってある側面からみれば免罪符。
こういう洞察力が、「命を次世代に繋ぐ=希望」みたいなテンプレストーリーから世の中を前に進ませてくれるのかなと思った。
もちろん一方で、「夢売るふたり」で松たか子が抱えた子なし女の苦悩もめちゃくちゃリアルで共感した。
深く深く人間を見つめてるんだなぁと思った。
さかな

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