九月

バービーの九月のレビュー・感想・評価

バービー(2023年製作の映画)
5.0
冒頭のシーンの思い切りの良さに呆気に取られていると、一転、バービーランドの世界へ。そこでは、たくさんいるバービーたちはみんな笑顔でキラキラしている。子どもの頃バービー人形にはあまり馴染みがなかったが(一体は持っていたはず)あの世界観がそのまま広がっていることに感動。
バービーのハッピーな一日を見て、それだけで気分があがる。
だからこそ、たったひとり不機嫌な顔をしているケンの存在がより際立ち、だんだん居心地が悪くなってくる。さらには、死や終わりの概念などないはずの人形であるバービーが「死について考えたことがあるか?」と問いかけた時の何とも言えない不穏な空気。架空の世界を眩しく見ていたはずが、早くも一気に現実的な気分に引き戻された。
観る前はひたすらにフェミニズムについての話なのかと思っていたが、そうではなくもっと広くて、ひとりの人間として生きるとは、人生についての話だったことに驚いた。

バービーランドと現実世界の対比や、そこでのバービーたちの扱いについてのギャップも可笑しいのだけれど、世界を行き来して、ケンが自分が男であるというだけで全能感を覚え始めたり、バービーが今までに向けられたことのない敵意や攻撃的な態度を感じ取ったりするところでまたすぐに引き戻されることになる。こんなにもエンターテイメント性に溢れていながらも、次の瞬間には鋭く切り込んでくる…という繰り返し。
ともすれば、暗い気持ちになりすぎるか誰かや何かを一方的に悪者として捉えてしまいそうになるところを、絶妙なバランスで、しかもバービーを通してあくまであの世界観で描いているのが本当にすごいと思った。

生まれてきた子どもはこの先、母親と同じ分だけ年齢を重ねていくことになる。自分が先を歩いてきて嫌だったこと辛かったこと、残念ながら、娘にはそんなことはないとは言い切れないし全てを回避することは到底できない。それでも産んで育てる母親という存在に大きな愛情と偉大さを感じる。ビリー・アイリッシュの曲とともに親子の記憶を辿るシーンが心に響いた。

世界が誰にとっても完全に良いものになることはないのだろう、と改めて痛感する一方で、性別も年齢も関係なく、全ての人が自分らしく生きていけるように背中を押してくれるこの作品に救われる。
あらゆる人に手を差し伸べてくれるグレタ・ガーウィグの温かさを感じた。

バービーランドは無事元通り、めでたし、で終わるのではなく、あれだけ変化を恐れていたバービーが、常に変化し続ける世界で生きていこうと決断するところも本当に好き。


公開当初(8月16日)にも観ていたが、作品とは関係のないところや作者の意図しないところで話題になっているのが辛くてなかなか振り返れずにいた。駆け込みでもう一度観に行ったら、より鮮明に見えて、全編通して大好きで二回目の方が遥かに最高だった。この先また何度でも観たい。
九月

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