2021 年 6 本目。
フランソワ・トリュフォーがアルフレッド・ヒッチコックに対して行った 1962 年のインタビューをまとめたドキュメンタリー映画です。もとになっているインタビュー自体、トリュフォーは聞き手として参加しています。よってトリュフォーは本作にはあまり出てきません。
1959 年に初の長編映画『大人は判ってくれない』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞し、トリュフォーは時の人となりました。それまで『カイエ・デュ・シネマ』誌の激烈な映画評論で知られていたトリュフォーですが、これを契機としてフランスの若い映画作家たち、いわゆるヌーヴェル・ヴァーグの旗手と目されるようになります。
そのトリュフォーがもっとも敬愛していた映画監督が『北北西に進路を取れ』や『サイコ』で知られるヒッチコックでした。1962 年 8 月、ヒッチコックの映画哲学を聞き出すべく、トリュフォーは丸 1 週間を費やしたヒッチコック・インタビューを敢行しました。
このとき行われた膨大なインタビューは、『Hitchcock/Truffaut』というタイトルで 1966 年に書籍化されます。日本語訳は 1990 年、蓮實重彦・山田宏一の翻訳により『定本 映画術』として刊行されました。この『定本』は漫画家の荒木飛呂彦はじめ、多くの創作者の「種本」になっていることでも知られています。詳しくは『荒木飛呂彦の漫画術』(集英社新書)をご参照ください。
映画史においてこのインタビューが持つ意味はとんでもなく大きいものがあります。今でこそ「巨匠」と崇められるヒッチコックですが、実は生きている間は軽視されることの多い監督でした。確かにサスペンスの腕はすごいけど、所詮は大衆娯楽映画の監督じゃないの? 要するに、有名だけど偉大ではない監督だったわけです。当然、ヒッチコックの哲学や思想、作家性なんて注目する人は同時代にはほとんどいませんでした。
そこに突如として強烈な光を当てたのがトリュフォーでした。トリュフォーはじめヌーヴェル・ヴァーグの身上は「作家主義」です。映画というのは単に役者の演技をカメラで撮っただけのものではなく、取り方や語り口に監督の作家性(個性)が出るはずだ。逆に言えば、作家性がない量産的な映画なんて作る価値はない。これがヌーヴェル・ヴァーグの基本的な考え方でした。監督の個性云々というのは今では当たり前のことのように言われますが、実はヌーヴェル・ヴァーグ以降の考え方なのです。
つまりトリュフォーは「ヒッチコックはめっちゃ強い作家性を持った監督である!」ということを発見したわけです。トリュフォーはもともと『カイエ・デュ・シネマ』誌で映画評論を書いていたわけですが、ヒッチコックの作家性の発見は、評論家トリュフォーの最大の功績だと思います。
『定本』ももちろん面白いのですが、やはり書籍という媒体の特性上、映像を見せることはできません。その点で本作は、ヒッチコックの実際の作品で該当する場面を次々と見せていきます。よって実に分かりやすい。ヒッチコック映画のポイントをヒッチコック自身に語ってもらうという、何とも贅沢な映画というわけです。
そして本作では、『定本』に影響を受けた現代の巨匠たちがヒッチコックを語ります。このメンツがすごい。マーティン・スコセッシ、黒沢清、ウェス・アンダーソン、デヴィッド・フィンチャー、などなど。すごすぎ。祭かよ。
ヒッチコックファンはもとより、映画史や映画評論に興味のある方、創作に関わりたい(関わっている)方にはとても楽しめる内容だと思います。先の『定本』とあわせての鑑賞をおすすめします。