ピュンピュン丸

ヒッチコック/トリュフォーのピュンピュン丸のレビュー・感想・評価

5.0
スコア5では足りない。

ヌーベルバーグの騎手「フランソワ・トリュフォー」が、サスペンスの巨匠「ヒッチコック」の映画技法の真相、映画への想いに迫る。

両監督の言葉はもちろん、そうそうたる他の出演者の一言も、使われているシーンの1カットも見逃せない充実の80分。

あ~、俺って、ほんとに映画が好きなんだなあ~って、改めて「実感」。

ヒッチコックは、時を操り、観客の心を弄ぶ「時を刻む彫刻家」。ロジックより視覚に訴える技法。映画界の中央にあって、技法的には隅にいる人。

映画の純粋性はサイレント映画のなかにある。映画が音と引き換えに失ったものは大きい。 by ヒッチコック

まさにうならされる宝石のような言葉がちらばり、拾うのに大変。これから観に行く人は是非メモの用意をされたい。(笑)

今公開中の「沈黙」のマーチン・スコセッシが熱弁。彼は特に『サイコ』を熱く熱く語る。再見したくなる!

他の監督たちが『めまい』について語ってたけど、俺はそこまで深く理解してなく。男が女に抱く幻想を現実の女性にはめこんではいけないよ的な教訓程度に思ってたので、再見の必要を感じた。

トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』は大好きで、DVDもポスターも購入しており、そのシーンも多く取り上げられていて大満足。

個人的には、ヒッチコックは、『裏窓』『北北西に進路を取れ』『知りすぎていた男』『フレンジー』『サイコ』がその順で大好き。しかし、この映画をみて、『めまい』『間違えられた男』『汚名』『私は告白する』『サイコ』を再見する必要を強く感じてしまった。まだ若かったからね。(^_^;)

ヒッチコックの手法と台頭してきたアクターズ・スタジオ出身の俳優たちとの不協和感は興味深い。モンゴメリー・クリフトの『私は告白する』での視線の位置に言及してたが、面白かった!俺が大大大好きなポール・ニューマンとヒッチコックとの対立は有名な話だから、特に成る程と。『引き裂かれたカーテン』少し映ってたな。個人的にはニューマン映画としてでなく、ヒッチコック映画として好き。

ヒッチコックは、晩年、トリュフォーに宛てた手紙のなかで、何回も、
「古い手法を変えたほうがいいのだろうか」ときいていたという。

悲しい。

評論家たちの批評をものともせず、観客たる大衆の求めるものを作り続けてきたのに、その観客たちは簡単に彼を追い越してしまった・・・・。

トリュフォーは、その著書で、ヒッチコックの評価を単たる『商業映画の監督』から『芸術家』に引き上げた。

本来の位置だろう。

その友情も微笑ましい。

映画は芸術なのだ。そして、芸術とは時代を超えて何度も生き返る究極のエンターテイメントなのだ。

by ピュンピュン丸