Mikiyoshi1986

アイリッシュマンのMikiyoshi1986のレビュー・感想・評価

アイリッシュマン(2019年製作の映画)
4.5
鑑賞中"Paint house"が"Assassinate"の隠語だと気づくまで、暫し時間を要してしまった人間です。

実在したある殺し屋の半生、そして70年代にアメリカ全土を震撼させたジミー・ホッファ失踪事件の嫌疑を臨場感たっぷりに創作したスコセッシ御大の妙技!
開始からラスト数十分前までは、まるで幕末の人斬り志士を主人公に据えた司馬遼太郎の歴史小説でも読んでいるかのような感覚でありました。

容疑者の死によって真相が闇に葬られたJFK暗殺事件を猿ヶ辻の変とするならば、(ちなみにJFK暗殺の容疑者オズワルドを射殺した犯人ジャック・ルビーは、ホッファの側近や多くのマフィアとも密接な関係にあったとか…)
迷宮入りのホッファ失踪事件はさしずめ龍馬暗殺とでもいったところでしょうか。

されど己の命を省みず大義のために勇ましく抜刀した志士と違い、
主人公フランク・シーランは自身と家族を護るため、そしてボスに敬意を示し続けるため、無慈悲に殺しを遂行した憐れな男。
そんな仁義の鎖で縛られた哀しき男の軌跡を3時間半に及ぶ超大作に仕上げた、まさしくモブスター映画の総決算!

本編では裁判中のホッファに拳銃を向けた男が曖昧な動機を語っていましたが、
(劇中では取り上げられてはいないものの)ホッファ服役中に因縁のロバート・ケネディは暗殺されています。
実際その犯人がこれまた曖昧な供述をし、本当の動機が今も謎のままなのは実に意味深長なところであります。

またデトロイトまでの長距離運転中にフランクの人生が回想される様はまるでスコセッシが敬愛するベルイマン『野いちご('57)』を追随するかのようであり、
"仕事"に生涯を捧げた代償、罪と信仰、家族との距離感、車内喫煙の忌避などなど、類似点も多く見受けられました。

その喫煙でいうと、ラッセルはかつてキューバで「無事に脱出できるなら今後一切タバコは吸いません」と神に誓いを立てましたが、
一方のフランクもWW2のイタリアで「無事に帰れるなら生涯罪は犯しません」と同じく神に誓いを立てたのはとても重要なポイント。

この"誓いの破り"や"神への欺き"というテーマは、他にもデトロイトでの結婚式が花嫁の再婚であることで印象的に演出されていました。
(つまり彼女は既に一度、神の御前で永遠の愛を誓ったはずで、更には初婚用の純白ドレスもちゃっかり着用)

また信仰の意識は聖餐を模し、律儀にパンと葡萄酒orジュース(キリストの肉と血)を食らうシーンを前半と後半に配して強調。

そしてキーパーソンとなるフランクの娘ペギーは教会での洗礼式以降、フランクの罪業を見透かすように逐一冷たい視線を送り続ける、謂わば神のメタファを担い、
「"仕事"を引退したら晩年は家族と穏やかに年金生活」というフランクの儚い夢は、自業と娘ペギーの断罪によって脆くも潰えるのです。
(ラッセルの"神ジョーク"にペギーがくすりとも笑わない所とか、いかにも釈迦に説法なご様子)
フランクは孤独という罰を受けながら、それでもなお神(&ペギー)にすがり赦しを乞いながら、虚しく余生を過ごすのでありました。

特に終盤は「神の救済は人間の行いによるのではなく、信仰のみによる」といったカトリック的思想が痛烈なアイロニーとして炸裂!

ラストシーンではもうじきキリストの降誕祭であるクリスマスが来ることが示唆されていましたが、実際にフランクが亡くなったのは12月14日であることを後で知って、あぁそういうことかと更に切なさも倍増…。
この晩年の悲壮感、日本で言うところの山城新伍に通じますね。

サントラ曲を手掛けたのは『ラスト・ワルツ('78)』以来の仲であるex.THE BANDのロビー・ロバートソン!
特にエンドロール時の「Remembrance」で奏でられるギター、ハーモニカ、チェロの三位一体が至高中の至高で、
"現代の世界三大ギタリスト"デレク・トラックスの泣きまくる超絶スライドギターはデヴィッド・ギルモアのそれさながらでした。

「テーマパーク」を牽制したフィルムメイカー・スコセッシの矜持は伊達ではなく、まさに「映画」の貫禄に満ち溢れた本作。
21世紀における彼の歴作の中でも、間違いなく最高傑作に値する名画です。
Mikiyoshi1986

Mikiyoshi1986