K助

四月は君の嘘のK助のレビュー・感想・評価

四月は君の嘘(2016年製作の映画)
1.4
原作は講談社から出ている、全11巻のマンガ。今回の実写に加えて、2クールのアニメも放送された、映像化にとても縁のある作品です。

幼少時に親を失い、その際のトラウマによって「自分が演奏するピアノの音が聞こえなく」なってしまったピアニストの少年と、自由気儘・明朗快活なバイオリニストの少女が織りなす物語。『のだめカンタービレ』や『蜜蜂と遠雷』などと同じく、クラシック界を舞台にしたお話です。

内容的には、原作11巻ぶんの中から上映時間内に収まるよう、必要かつ重要なエピソードを選び出し、映像化したものです。エピソードの選ばれ方は、原作を読んでいる人間から見ても、妥当なところですね。
広瀬すずや山崎賢人の演技は、優れているとはお世辞にも言えないものの、この手の映画としては、合格点を与えても構わないレベルには達しています。

では、何故こうも点数が低いのか?
それは、重要なエピソードを選び出し、映像化しただけの作品であるからです。
ボリュームのある原作の中から、物語として必要な要素をピックアップして映画化する事には、何ら問題ありません。むしろ、当然とも言えます。
が、本作が低評価なのは、エピソードを選び出した後、それを【物語として再構成する】という行為が【全く】欠如しているからなのです。なので、原作を読んだ人には「マンガの中のシーンが再現される」と受け止められるところも、初見の人には「シーンとシーンのつながりがわからないし、何故そのようなシーンになったのか」がサッパリわからない、というものになっています。
つまり、映画を単一の作品として俯瞰すると、意味不明な構造の物語にしかなっていない。高い点数は、とても付けられません。

原作付きの邦画には、こういった作品があまりにも多いです。脚本をまとめる段階で、それを指摘する頭を持った人がいない。その現実が、邦画がいつまで経っても「つまらなく」「安っぽい」原因なのでしょう。
「広瀬すずと山崎賢人を使っておけばいいんだよ」というスポンサー側の要求に唯々諾々と従うだけの、製作者側の志の低さが露呈した作品だと言えます。
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