るるびっち

黒魔術のるるびっちのレビュー・感想・評価

黒魔術(1949年製作の映画)
3.7
感情移入というのは、正しい人物にする訳ではない。
初めは母を殺した貴族への復讐を誓った人物だった。
催眠術で人を操れるようになってからは(B級テイスト!!)、復讐よりも自己の欲望を満たす悪人になっていく。
彼がマリー・アントワネット王妃を陥れる陰謀に加担しながら、王妃に瓜二つの美女を催眠術で恋人から奪い、妻にする。
悪い奴だが、被害者の美女や恋人の男よりも山師カリオストロに感情移入する。
演じているオーソン・ウェルズ自体が山師体質(ラジオドラマ『宇宙戦争』で火星人襲来を報道形式で語りパニックにした)の為、もはやセルフパロディ化している。虚実皮膜を行く感じだ。

彼は美女を操りながらも、結局は愛を得られない。
一方で自分を慕うジプシー女性の愛を理解せず、最後は裏切られる。
復讐から世間を憎み他人を操る力を得た時、復讐を超えて欲望が膨れ上がる。
催眠術という他人を操る力を得ながら、結局は真に他人の心を理解することも、自分の望みさえ理解しえなかった人物。
魔力をコントロールするのではなく、魔力に振り回され破滅した男。
それは薄っぺらな正義の人よりも、人間的で魅力的なキャラクターではないか。
『第三の男』の名台詞「ボルジア家30年の圧政は流血の時代だったがルネサンスを生んだ、スイスの500年の平和は何を生んだ? 鳩時計だけだ」

それにしても、オーソン・ウェルズはインチキ臭い映画の主人公がもっとも似合う。
だからこそシェイクスピアの悲劇にこだわったのかも知れない。本物を求めて。
晩年は極限まで体重を増やし、喜劇的人物『フォルスタッフ』に挑んだ。
悲劇の人物は、運命の過酷さを描けても自己陶酔的だ。
しかし喜劇の人物は笑われる一方で、世の矛盾を刺すことが出来る。己自身を笑いのめす冷めた視点が、世の中の歪みをも突けるのだ。
自己の才能に溺れて映画界を遠泳した彼が、いきついたのは自己批判だった。
この転換が味わい深い。熟成したチーズのように芳醇だ(このグルメパターンもういいか・・・本当は味音痴だし、チーズ嫌いだし)。
オーソン・ウェルズで色々遊べた。次は誰の人生で遊ぼうかな?
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