もしも、『東京物語』の続きを現代版で描くとするならば、こんな設定になるのじゃないかな。
そんな思いがふとよぎった。
年の離れた同棲相手と暮らす34歳のヒロインの元に、長男である兄夫婦と上手く暮らせなくなった実父が訪ねてきてそのまま同居がスタートしてしまう。
血の繋がった家族であるはずなのになぜか思いはすれ違い、
本音を上手くぶつけ合えない。
現代の家族を、伊藤さんという他者、その異質な結節点を以って家族としてもう一度再生しようと試みる、そんな映画のように思えた。
家族の問題はもはや家族の中だけでは解決できない。
田舎へ帰ろう、過去へのノスタルジーへ浸ろうと旅するこの家族の象徴をあっさりと消失させてしまう、その潔さ。
もはや美しい過去に浸っていては何も解決していかないのが現実だ。
家族のために一家の大黒柱として働く、稼ぐ、
育児と介護を担い家族のケアを優先して家の中で働く、
そういう役割分担を違和感なく性別で分けていた時代から、自由でもっと個人の“個”の欲求に忠実に生きることが許されているように見える現代。それは、本当だろうか、
同年代の女性としては、ヒロインと兄嫁の抱える現実や性格の対比が興味深い。
伊藤さんは、謎の人物。
ヒロインの言葉をじっくり聞いて、すぐに反論は、しない。
その心の動きに注意を払って、本当の願いを、聞き取ろうとする。
ラストシーンに向かって、台風の目のような実父の強引さに流されてしまいそうになるヒロインを、確かに支え、進むべき路を示したのは、
この伊藤さんの一言だった。
現実の荒波を乗り越えていく現代のヒロインに必要なのは、そんな優しさ、ささやかなエールなのかもしれない。