ベルサイユ製麺

バーバリアンズ セルビアの若きまなざしのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

3.2
随分昔にコソボ紛争のチャリティの為に作られたレコードを買った事が有りました(内容は情緒ゼロの反復テクノです)。自分とセルビアの接点はそれだけです。漠然と政治的にややこしい地域という認識だけは持っていて、今回改めて(wiki程度ですが)調べてみましたが、実際酷くややこしい。ちょっとは分かったフリをしたいけど、全然ダメだな…。

今作が多分初めて観るセルビア産の映画です。
恵まれない境遇のセルビア人青年の、衝動的に送られる荒んだ日常をドキュメント的(特にダルデンヌ兄弟風)に描いた作品、という風に見えました。
この作品に限らず、データの少ない(≒映画産業が盛んで無い)国の作品は本当に難しいです。その国の普段の生活や平均的な家庭像が掴めていないので、例えば今作の主人公の青年を取り巻く環境がどの程度の困窮ぶりで、どの程度はみ出していると捉えればよいのか分からないのです。ひょっとすると母国ではこのくらいは“あるある”なのかも…?
主人公が属している不良のコミュニティの描かれ方は、例えば、えーと、北九州(古い友人の出身地)とか銚子辺り(これは偏見ですね)の悪童達の雰囲気と大差は無い様に感じました。ただ、明らかに違いを感じた点があって、彼等が地域愛から当たり前のようにフーリガン化するまではまだしも、コソボ独立反対の反米デモに率先して駆けつけるような社会的、政治的な意識を持っているらしいという事です。現在の日本の若者が、社会の問題点に興味を持ち難く操作され、日々の生活の事しか考えられないように仕向けられている事を考えると、劇中のセルビアの青年達の直情的な行動は(不遜では有りますが)やや羨ましくすら感じてしまいました。勿論、敢えてそういう時代を描いているから、ということも有るとは思いますが。
主人公の属するグループの殆どの者は、暇つぶし的に暴れたりセックスを楽しんだりの日常を送る、いわば惰性で不良化した風なのですが、主人公だけは寧ろ純粋すぎる為に周囲と衝突し、面倒がられて不良側に区分けされているみたいで、話が進むにつれ、仲間からも疎まれ孤立していきます。この描写はひょっとするとセルビアを巡る国際情勢に照らした隠喩なのかもしれませんが、やはり自分にはちゃんと理解出来ませんでした。
劇中で流れている音楽(劇伴ではなく、その場で実際に鳴っている)を聴く限り、英米とは全く違う歌謡文化が根付いている様で、またクラブミュージックは恐らく20年位は進化していない様に思えました。しかし映画そのものの作りに関して言えば、例えばインドや日本の様な特異さはまるで感じませんでした。演技も自然(というかそもそも役者では無いらしい)ですし、演出や編集も至ってスマートです。終盤の暴動のシーンの長回しなどは滅多に見られない程の臨場感でした。全編、飾らないソリッドな魅力に満ちています。

急になんだよと思われそうですが、自分、鑑賞中にポンカンを剥き剥き食べていまして、柑橘の青臭く爽やかな匂いと、主演の青年ジェリコの存在感のフレッシュさ・青さがセットになってどこか頭の深くにインプットされてしまった様です…。
フードを深く被りハンドルを握る彼。鼻から血を垂らしながらコールをあげる彼。
ふとした時に彼の事を考える事になってしまいました。虚空を見つめる彼の表情は、どんな女優のそれよりも生々しい美しさを湛えています。
またいつかジェリコの演技を見たいなぁ。セルビア情勢が出来るだけ早く安定する事を願っております。