Ricola

ヨーヨーのRicolaのレビュー・感想・評価

ヨーヨー(1965年製作の映画)
3.8
フランソワ・トリュフォーが絶賛していたことで知った、『ヨーヨー』。
卒論を書いたときにこの作品をトリュフォー経由で知り、ずっと観てみたいと思っていた。そんな思いのある作品を劇場で鑑賞できるなんて、感無量だった。

映画史を辿るとともに、2つの世界大戦などにも触れられるが終始明るくコミカル。
2世代に渡って、上流階級の生活と大道芸人の旅の様子が描かれる。
そういった年代記に、家族愛と映画愛がたくさん詰まった作品である。


この作品は、おおよそ三部構成と言っていいだろう。最初はサイレント映画時代でヨーヨーの父親の青年期、二部目は子供時代のヨーヨーと両親3人での旅芸人時代、最後の部は青年期のヨーヨーと構成されている。
それぞれの部において、映画史や歴史そのものの時代の特徴を演出に反映しているのが面白い。

まず、サイレント映画時代の部では、人物のセリフは字幕で表され、後付けされたような音が聞こえてくる。
特に物音がワンオクターブ高く仰々しく鳴るのが、チャップリンなどのサイレント時代の喜劇を彷彿とさせる。
人が動いたり、何か物を落としたりぶつけたりした際の音に焦点が当てられ、音が強調される。そのおかげでエテックスの行動が、いちいちマヌケに見えて笑いを誘う。
音以外にも、絵画のように見えて中の小棚にお酒を置く執事のイタズラっぽい表情などにも、ついフフッと笑えてくる。

それから二部目の家族3人での巡業。
歴史の勉強をしているときに、ワーテルローの戦いなどの年号などがわからないヨーヨーに、父は母の目を盗んでトランプマジックでヒントを伝える。
また、映画ネタがいくつも組み込まれていることからも、エテックスの映画愛を感じられる。
『道』のザンバーニとジェルソミーナの看板を見てその町での仕事は諦めたり、大戦中にスターリンなどの政治家たちの写真のパネルを掲げている中で、グルーチョ・マルクスの写真が通り過ぎたりするのだ。

映画への愛のみならず、そこにはいつも恋人や家族を愛おしむ感情がある。
馬車の後ろの窓から見つめる景色が、横にゆらゆら揺れて徐々に遠ざかっていく。
人生の次のステップへと進むヨーヨーらの、過去を恋しがる思いがそこにはある。

映画の楽しさをこの作品の演出やオマージュから改めて学ぶとともに、エテックスの映画や人間に対する深い愛情をひしひしと感じられ、あたたかく優しい気持ちになった。
Ricola

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