笹井ヨシキ

ビニー/信じる男の笹井ヨシキのネタバレレビュー・内容・結末

ビニー/信じる男(2015年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

面白そうなボクシング映画だったので鑑賞して参りました。

感想としては役者陣の鬼気迫る演技と、ビニー・パジェンサという人物の狂気の中にひた隠しにされたドライな価値観など見どころが多い反面、人間ドラマとしては平坦な印象が否めない作品でした。

まずマイルズ・テラーの演技は相変わらず素晴らしいですね!
「セッション」でも事故シーンがあり、ケガでボロボロになりながらもステージに上がろうとする狂気が凄まじかったですが、今回は正面衝突での事故で再起不能を宣告されながら自身のカムバックを信じて疑わない姿が映画に筋を通します。

マイルズ・テラーってパッと見その辺にいる優男、あるいはナードっぽささえある佇まいの人だと思うんですけど、その目の奥にエネルギーが隠されている感じがして、そのエネルギーが役柄に還元された時、大きな存在感を発揮する役者ですよね。

今作でもビニーという徹底的に自分を追い込み逆境から力を発揮させる過剰なストイシズムに裏打ちされた人物を、作りこんだ体とその目で体現していて惹きつけられました。

彼がハローと呼ばれる顔にボルトを直接はめ込む矯正器具をつけた姿は痛々しく、ボクシングにしかアイデンティティを見いだせない焦燥感から、トレーニング器具がある地下室に行き、重りをつけていないベンチプレスを持ち上げるシーンは「俺はまだやれる」と希望を見出しエネルギーを解放させる場面であり、観ている方も彼の狂気に共感し応援してしまうシーンだったと思います。

彼が最後に言う
「人々が俺に言った最大の嘘は『物事はそんな簡単じゃないんだ』という言葉だ。本当は何事も簡単なのに。それは人々が誰かを諦めさせるためにいつも使う言葉だ」
とはどんなにリスクがある選択でもそこに僅かながらのチャンスがあるならチャレンジするべきで、周りに流され簡単に諦めてはいけないというビニーらしい言葉でしたね。
人はどんな時でも勝つことでしか報われないという彼の価値観は、共感する反面常に孤独でどこか危うさを抱えたものだと思いました。

演出も面白く、トレーニングのシーンで音楽をミュートにして単調さを解消していたり、ビニーの家族の決して裕福ではない暮らしぶりを見せることで、ビニーの価値観を理解はしていないが応援するしかない家族の心情を加えて厚みを出していたと思います。
特にキーラン・ハインズ演じる父親とのやり取りは、息子を信じているからこそセコンドには立てないという内省と信頼が入り乱れた感情が見られて渋かったです。

ただここまで褒めておきながら物語としての単調さを拭えない部分もあって、結局今回の話ってビニーの身に起きたマイナスをプラスマイナスゼロに戻す話なんですよね。

この辺りは実話ということもあり自由に脚色できないのかもしれませんが、冒頭である種の傲慢さを抱えたビニーがそこから大きく内面的に成長するというよりは、事故でダメになりかかった主人公が最初の状態に戻るだけ話なので、元あったところよりプラスの状態にはならず成長のカタルシスは弱い作品になってしまっており、淡泊というか平坦というか。

少なくとも「ロッキー」や「クリード」のようなどん底から大きなプラスを感じる作品ではないのが少し残念で、少なくとも何故ビニーがそういった価値観を持つに至ったかを入れておけば、その価値観を守り抜くことの重みが出て面白さが上がったのかもしれません。

とはいえ、マイルズ・テラーが「ラ・ラ・ランド」のオファーを蹴ってまで臨んだ作品ということもあり、見応えはある作品だったと思います。
やっぱ一年に一回ボクシング映画観れるのは幸せだなーと思いました。
笹井ヨシキ

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