ずどこんちょ

ハドソン川の奇跡のずどこんちょのレビュー・感想・評価

ハドソン川の奇跡(2016年製作の映画)
3.8
2009年、両エンジン停止という危機的状況を乗り越えて乗員乗客155人の命を救ったパイロット。彼はたった一日で全世界から"英雄"として称えられるようになりました。
ところが、事故調査委員会がコンピューターで当時の状況を再現したデータによると、必ずしもハドソン川に着水させる必要はなく、離陸したラガーディア空港へ戻る事ができたとする結果が現れてきたのです。
"英雄"の判断は本当に正しかったのか?公聴会に向けて、機長と副操縦士に対する疑念が浮かんできます。

邦題は当時、この奇跡の不時着水を称えた呼称ですが、原題は"Sully"。機長本人の名前を指し示します。その名の通り、本作では人生が激変したベテランパイロットの起こした奇跡と、その後の受難を含めて彼目線での彼だけが知る真実を描きます。

この事故のことを「奇跡」と呼ぶのには、相応の理由があることが分かりました。
機長本人が思い出したように、この事故ではいくつものタイミングが重なったために誰一人命を落とさなかったのです。
それは航空関係者の的確な判断のみならず、付近を通過した船の判断力、救助に向かった人々の迅速な機動力、そして時節的にまだ凍り付く前で波も穏やかだったハドソン川など幾つもの"タイミング"が功を奏したのです。
特に救助関係は驚くほど早くて、付近を通過した通勤フェリーも飛行機が落ちていく姿を見てすぐに現場へ直行しますし、救助した後の地上では消防、警察、医療関係者が既に乗員乗客を受け入れる体制を整えています。
それはきっと、2009年のあの頃、まだニューヨーク市民たちにとって9.11の記憶が生々しく残っていたのもあったでしょう。飛行機事故という共通点も相まって、とにかく人命を救う為に誰もが迅速に動き出したのです。

コンピューターのデータは空港へと帰還できた事を示しました。
しかし、あくまでもコンピューターのデータは机上の空論です。実際に突然航空中にバードストライクに遭い、両エンジンが停止した時、乗員乗客155名の人命を預かる人間の感情はとても落ち着いてはいられないはずです。
アドレナリンが分泌され、呼吸が乱れ、目の前に死がちらつきます。状況を飲み込み、受け入れる事さえ難しい中で時間だけは無情にも過ぎていく。そんな人的要因がデータには含まれません。
一秒が生死を分けるその状況で、機長は咄嗟に判断し、ハドソン川への着水を選びました。その選択が正解かどうかも分からない状況で、最善策を取ったのです。
機長の的確な判断と、終始冷静に対応した副操縦士、そして乗客が降りきるまで適切に脱出案内をした乗務員や、地上から指示を送り続けた管制塔など、抜群のチームワークが為せる技です。
こうして振り返ってみると、本当に「奇跡」の出来事だったのだと思います。

定期的に見たくなる巨匠クリント・イーストウッド監督の映画。
本作はこの奇跡の出来事とその後の公聴会までを、シンプルに仕上げています。派手過ぎる演出も、脱線したドラマも除いているのに、それでも機長のプロフェッショナルと人柄が伝わるように作られています。
それでいて、エアバス一機を実際に購入して水上で撮影したリアルさが、ハリウッド映画ならではのスケールも感じさせます。
さすがイーストウッド監督の経験値が生きた上質な作品でした。