湯呑

ハドソン川の奇跡の湯呑のレビュー・感想・評価

ハドソン川の奇跡(2016年製作の映画)
4.8
いつもそうなのだが、クリント・イーストウッドは全てが終わった場所から映画を始める。『ミリオンダラー・ベイビー』にせよ、『チェンジリング』にせよ、凡百の映画ならクライマックスに配置する感動的な場面が、イーストウッドの映画では新たな物語の起点となるのだ。カットバックを多用した本作の構成は、その特異な資質を分かりやすく示しているだろう。それでは、機長の勇気ある判断と長年の経験によって乗客全員の命が救われた、という分かりやすい物語が終わった後に、新たに立ち上がるものとは何か。それはある瞬間に人が選び取った判断は常に1回限りのものであり、再び辿り直す事などできない、という厳然たる事なのだ。事故調査委員会は、事故が機長の判断ミスであった事を証明する為に、何度もシミュレーションを実施する。しかし、トム・ハンクス演ずる機長が糺すのは、その念には念を入れた繰り返しこそが、事実から人々を遠ざけ誤った認識へと導く元凶となっている事なのである。これはカットバックによって同じ場面が何度も繰り返されるこの映画そのものを暗示しているとも言えるだろう。結局、私達はトム・ハンクスがどの様な判断でハドソン川着水を決断し成功させたのか、全てを理解する事はできない。それは、彼の人生の歩みだけが導き出した答えであり、私達が他人の人生を辿る事は永遠に不可能なのだから。
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