公開当時、劇場で観た。
圧巻の96分。短い時間に凝縮された究極の人間ドラマだ。
一切の無駄が無く、描写は締まって、テンポに焦りもよどみも無い。これぞ、イーストウッドと彼をとりまく優秀なスタッフが創り上げる ”名作の香りが全編に漂う空気感”。
彼はきっと感情を入れ込み過ぎない。そこをぐっと抑える胆力が、映画を引き締まった傑作に引き上げているのではないか。
原題は「SULLY」この奇跡の中心にいる機長の本名である。演じたトム・ハンクス。前代未聞の事態を迎えた時の毎秒ごとの究極の判断、選択。それをこちらは息もせず見守らされる。水面不時着までの描写も迫力満点。
そして生存者、155名と告げられた時のトム・ハンクスの表情がたまらない。胸に込み上げるものがあった。
たった1日にして、英雄視と疑義の狭間に晒される、その凄まじいプレッシャーに耐える。眠れない。走る。
自身の判断への確信と一抹の揺らぎを胸に、プロとして逃げない。全て受け止める。調査官の徹底追及に真っ向から対峙する。究極の「プロフェッショナルの流儀」の深み。
クライマックスの議場でのシミュレーションを、皆で固唾を呑んで観るシーンの、トム・ハンクスの言葉ひとつひとつが重い。もう、このシーンはしびれにしびれる。
副機長役のアーロン・エッカートも抑えた演技で素晴らしい。
そして、クリント・イーストウッド監督はもう91歳。
91歳まで、生きていられるだけで大したものだと思うのだが。
70歳を超えてから傑作を打ち続けている驚愕の事実。
73歳の「ミスティック・リバー」
74歳の「ミリオンダラー・ベイビー」
78歳の「グラン・トリノ」
84歳の「ジャージー・ボーイズ」「アメリカン・スナイパー」
そして、
89歳の「リチャード・ジュエル」
ここまで傑作を晩年に出し続けた人物は、おそらく映画史上いない。
生きる伝説と、同時代に生きていることの喜び。
その美学を、スクリーンで堪能できる喜び。
あともう少しだけ、味わわせて欲しい。