グラッデン

リップヴァンウィンクルの花嫁のグラッデンのレビュー・感想・評価

5.0
岩井俊二監督の最新作。アニメ『花とアリス殺人事件』はあったものの、実写作品の監督は『花とアリス』以来というのは意外でした。

皆川七海はお見合いサイトで出会った男性と早々に結婚を決める。結婚式に呼ぶ親戚の数の少なさに悩むが、SNSで知り合った安室という男の紹介で代行派遣を依頼し、結婚式を終える。
しかし、夫の浮気疑惑を契機に七海の新婚生活は突然の終焉を迎える。途方に暮れる七海に安室は代行派遣のアルバイトを紹介する等のサポートを行う。七海も自身が依頼した代行派遣に参加し、そこで一緒に家族を演じた里中真白と意気投合する。
その後、安室は七海に空き家状態の豪邸での住み込みのバイトを紹介する。半ば強引に連れてこられた七海であるが、その場所で同じく住み込んでいる真白と再開し、彼女との奇妙な共同生活を開始することになるのだが・・・。

撮影・音楽のアプローチ、そして物語回しを含めて随所に岩井監督「らしさ」を感じながら、人の「繋がり」に関する現代性を織り込んだ作品だと思いました。

岩井監督の映画作品は、主人公を軸とする人間関係の変化に焦点を当てた作品が多いと思いますが、本作ではインターネット・SNSの存在を取り込んだことで、描き方の変化を感じました。

本作のヒロイン・七海は、買い物をするようにネットで「あっさり」結婚相手を見つけます。ただし、そのために重ねた嘘が「あっさり」とバレてしまいます。まるで、今までのヒロインのようなアプローチでは通用しないのだと言わしめてるような展開でした。

また、作中に登場するSNSのアカウントのように、本作では多くの登場人物が本来の自分とは異なる姿になる、あるいは偽る場面が何度も出てきます。本来の自分(顔)を知られなければ、容易に自分とは違う何かになることができる。特に作品の前半は、そのような生産され続ける虚構の存在を描写と言葉で伝えています。

考えてみれば『四月物語』の卯月や『花とアリス』の花がそうであるように、岩井監督作品は秘密・嘘を動力にして物語を動かしてきました。
そういう意味では、本作も過去作と同様に「偽り」が物語を動かす原動力にもなっています。しかし、物語で展開されるのは個人の小さな嘘や秘密に限らず、社会全般に蔓延してることを伝えていた点にリアリティを覚えました。

こうした物語の背景を踏まえると、押しに弱く、人に流されやすい性格の七海のヒロイン像にも納得できます。自分に自信が無いから、ついつい人の要求・希望を断れない、その気になってしまう(メイド服を着てしまうくらい)。だから、目に見えないネットの世界だとしても、繋がりを大事にしているのだと感じました。
とはいえ、七海はSNSのヘビーユーザーとして描かれていません(言葉の節々に危うさはありましたが)。真白が指摘するように「マイナーな」SNSを利用し、何気ない日常をぼやき、ごく普通の会話をする。ネットの住人としても目立つことのない「普通の人」として描いていると思います。

そうした七海に対して、真白は何者にも縛られない自由な存在、七海には無いバイタリティ、明るさがある(ように見える)という印象を受けます。
ネットで「あっさり」手に入れた繋がりとは違うかたちで芽生えた真白との関係性は、七海にとっても多くのものをもたらしたのだと思いました。友人、家族、あるいは作中の描写ほど恋人とは言い切れない不思議な関係ではありましたが、短い時間の中でも心が通い合う2人を印象付けました(これぞ岩井監督の真骨頂)。

今を生きる普通の人が、悪い人に騙されたり、お屋敷に連れていかれたり、お姫様と出会う。その意味では、現代の日本を舞台にした童話だと思わされました。
だから、映画を観終わった後、映像作品というより絵本や小説を読み終わった後の感覚(読後感)に近かったですね。