Ricola

海よりもまだ深くのRicolaのネタバレレビュー・内容・結末

海よりもまだ深く(2016年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

昔小説が売れたことがあった「自称」小説家の主人公。妻に愛想をつかれて息子とともに家を出ていかれてしまった彼はまた、自分の人生と家族を見つめ直す。

分離してしまった家族という共同体が、自分自身およびそれぞれを思い合い、一般的な「家族」の枠を乗り越えて寄り添い合っていく生き方が描かれている。


家族間の溝が「仕切り」で表現されている点に注目した。
アパートの室内のジャラジャラしたカーテンのような仕切り、質屋でのカウンターの仕切り、喫茶店の仕切り、競輪場の柵など、人と人、または空間そのものを仕切る小道具がたくさん登場する。
例えば、パート中の姉と主人公が話すシーン。
二人の奥に緑の柵があって、さらにその奥に電柱が彼らの間に立っている。彼らの間の物理的な距離感を強調するというより、心理的な距離感を示すための仕切りだろう。

「俺だって役に立つ」「勝負しろよ」
これは主人公が自分自身に向かって言っている言葉であるのは明らかだろう。
しかし、どうやって立ち上がればいいのか自分でもわからないのだ。

一方彼の元妻は、今の彼氏に元夫の小説のことを聞いて目を輝かす。
でも小説をけなされると諦めたように愛想笑いをする。
妻は元夫にとっくに愛想をつかしているはずなのに、彼の小説が好きであることは変わりないことが示されている。

夏の風景に癒やされる。晴れ、曇り、雨、さらには台風によって、光の加減や木々と葉などが見せる表情が変わる。
その変容さも、家族の距離感やそれぞれの気持ちと関係しているようである。

それは特に、台風と結びつけて演出されていることはわかりやすいだろう。
台風が来ると気持ちがせいせいすると言うおばあちゃん。
相米慎二監督作品の『台風クラブ』のオマージュのような展開が、作品の後半に見られる。
なぜなら台風の直前にはモヤモヤの頂点に達していた家族の関係性やそれぞれの思いが、不思議と台風の最中と後に整理されるのだから。
夜中に雨風の勢いがピークを迎えるころ、主人公は息子とともに近くの公園のタコの形をした遊具の中へ避難していく。
元妻は彼らを追いかけてくる。凄まじい音を立てる台風のさなかだが、彼らはやっと家族水入らずで過ごすことになる。
そして台風一過の翌朝、それぞれが前向きな気持ちでまた歩き出す。

人生に正解がないのと同様に、家族のあり方にも正解なんてない。
どんなに回り道や寄り道をしても、違う道を歩めども、「家族」であることには変わりない彼らの選択には考えさせられる。
Ricola

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