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海よりもまだ深くのrichardのレビュー・感想・評価

海よりもまだ深く(2016年製作の映画)
4.0
雨降って地固まらず。固まったのは、女の決意。
男の未来は、まだ少し、ぬかるんでいる。
それでも、一歩くらいは前に踏み出しただろうか。

海よりもまだ深く 空よりもまだ青く
そんなふうにあなたを愛するにはどうすればいいのでしょう。
信じること。できるのはそれだけ。
それだけだった。
だからもうこれ以上愛することはできない。
もうこれ以上、愛せない。

東京出張の帰りに、新幹線の中でのんびり視聴。ちょうどいい時間だった。
投稿先をうっかり間違えていたので投稿し直します。

是枝監督は好きだけどオタクというほど作品は観てこなかったが、やっぱりわたしは、この人の作る、登場人物がどこかで生きていると思わせる空気感が狂おしいほど好きだ。
ああ、この人ほんとにここに住んでるんだなあって思うし、この人たちはほんとに家族なんだなあって思う。ボロボロになった鍋つかみとか見て笑ってしまった。
「歩いても歩いても」は未鑑賞だが、その後の家族を描いた是枝監督の代表作としては「そして父になる」「海街diary」「海よりもまだ深く」となっている。この人の映画を観ると、いつも考えさせられる。家族を、家族たらしめるものはなんなのだろう。両親のこと、血のつながったきょうだいのこと。わたしも含めてみんな実家を出ているが、家族っていうのは切っても切れない関係だとどこかで思っている。結局は他人だって、思うこともしばしばあるが。
でも、父と母はどうなのだろう。赤の他人だった二人が家族になって、そして別れてしまったら。それは〝切っても切れない〟はずなわけもない、のかもしれない…。でもその感覚はわたしは結婚を経験したことがないので分からない。
わからないが、核心を突くセリフこそないが響子の登場シーンから「一度は家族(夫婦)と名前を付けた関係に〝もう家族じゃない〟と整理をつけるのは難しい」と思っているような、そういうものを彼女から感じる。
それと平行して良多のどうしようもなさも表現されるので、ウチらは普通に「いやいや、こんなやつアカンって、もう気せんでいいよ。幸せになりよ」と思ってしまう。
それでも、新しい彼氏がちょっといじわるなことを言ったり、良多のことを小馬鹿にしたりするから、まあ「いや、こいつもちょっとヤな奴やな…」と、応援をじゃっかん渋ってしまうんだけど。響子は、良多の小説をどう思ったんだろうか。姉には「プライバシーの侵害だ」と咎められた小説。「家族の思い出はあんただけのものじゃない」と悲しませた小説。
劇中で響子は、真悟のおばあちゃんについて淑子(良多の母)のことしか話していないような気がする。実家の話は出てこない。これは想像だけど、響子は親を早くに亡くしたか片親で育ったとかで、ひとりっこで、家族で食卓を囲んで食べるとかいう経験がなかったんじゃないかな。無人の食卓っていうのはそういうことだったり、とか、なんか思い出深いものがあるんかな、とか。いや、まあ、わかんないんですけど、なんにも。

わたしが女性ということもあって、響子にはすごくすごく感情移入してしまう。
良多や真悟が自分の父親みたいにはなりたくないと思うように、響子の中にも、真悟をきちんと育てる覚悟と、「母親のようにはならない」みたいな強さがあった。なんにも知らないんですけどね。けど、この人たちのことをもっと知りたいと思わせる魅力が、是枝監督の映画にはあって、鑑賞後に出てきたみんなのことを考えるこの時間がわたしは好きなのだった。
主人公たちだけじゃなく、例えば良多が乗っていたバスで「傘忘れてますよ」「あら、ありがとう」と声をかけあっていたマダムとか、あのあたりはあの年齢層が多いってことなのかもしれないけど、ああいうちょっとした会話(しかもモブの)を入れてくるのが自然で、うまいよなあと思う。
海街diaryを観たときも思ったけど、「あれ」ってよく使うよね。この言葉が入っていると是枝監督って感じがする。たしかに日常でこんなに頻繁に使うかね?と思いがちなのだけど、日常にでこんなに頻繁に使っているんだよね、意外と。

ただ台風が来て、過ぎるだけの、なんにも起こらないつまらない映画。
でも、それでも観れちゃうのってやっぱり、この緻密な作品づくりと演者の惜しみなく注がれた役作りなんだろうな。是枝ファミリーはいつでもすごい。盲目になっている可能性は多少はあるだろうが、それでも脱帽です。でもほんまにこれだけ言わせてもらえるんだとしたら個人的には良多のキャスティングがしっくりこず。阿部寛は嫌いじゃないけど存在感が強すぎた、、あっ、でも、おばあちゃんが眠ったあとにへそくりを探そうとするシーンのとき、暗闇にすんげえガンギマリの目した阿部寛が立ってたのはギャグかと思うくらいおもしろかったな。

あと、画作りも好き。サインするときに背筋が伸びて、画角から頭がちょっとはみ出るのが好き。
そんでけっこう名言(って言っちゃうと野暮なんですけど)多くて、「オッ」て思ったことは多かった。でもすぐ忘れちゃって、覚えていたいことはメモしなきゃねって思うし、大事なことは日常に意外と散りばめられていたりする。(女はデータを上書きするんじゃない、油絵みたいなもの。って言葉が好きだったな)
人生は小説みたいなもんだし、誰かの受け売りとか、誰かの思い出を借りて前に進むこともしばしば。ふいにこぼした言葉は、別れたあの人の口癖だったり、自分の好物は死んだじいちゃんも好きだったものだったりする。

ああそう。
帰ったら実家に電話でもして、あれしなきゃな。
richard

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