ニャーすけ

海よりもまだ深くのニャーすけのネタバレレビュー・内容・結末

海よりもまだ深く(2016年製作の映画)
4.9

このレビューはネタバレを含みます

是枝監督はコメディ演出にも長けていることがわかる大傑作。
売れない小説家であるちんけな探偵(本人は「取材のため」と言い張っている)、篠田良多を演じる阿部寛のボンクラ芝居が最高。とうの昔に別れたはずの元妻(真木よう子)を尾行し、彼女が新しいパートナーとセックス済みかどうかについてばかり思い悩む信じがたい激キモっぷりは普通なら見るに耐えないが、阿部寛という俳優の魅力によって奇跡的なバランスで成立してしまっているのが凄い。競輪で有金を全部スり、事務所の後輩(池松壮亮)に金を無心する際の「あの自転車ブレーキ付いてないんだよ、だから俺もここでブレーキ踏むわけにはいかないんだよ!」という意味不明かつみっともなさすぎる理論には声を出して爆笑した。(ラパルフェの都留がこのシーンを真似したとしたら絶対に腹筋捩じ切れる自信がある)

良多とその母親(樹木希林)とのまるで漫才のような軽口のかけ合いや、中流よりも少し下の経済レベルの一般家庭あるある(うっすいカルピスを冷凍庫で固めた不味そうなお手製シャーベットのリアリティとか本当に舌を巻く)の皮肉やペーソスは初めこそ愉快だが、本作で起きる出来事や交わされる会話は実はどれもすべて人生の身も蓋もない本質を多角的に炙り出すものでもあるため、観ていると心がどんどんざわついてくる。
つまり、一度失ったものは二度と元には戻らないし、どれだけ努力しても決して叶わない夢だってある。そうした絶望に直面したとき、我々が唯一できることは「諦めること」しかない、というあまりにも辛すぎる現実。こんなもん、ぶっ刺さるに決まってる。

とはいえ、ただ厭世的な感傷だけを描いているわけではないのが本作の素晴らしいところ。
ラスト、去り行く元妻と息子を見送り、自身も行き交う人の波に消えていく良多の姿は一見すると虚しいが、その一方で、これは彼が再び前に進み始める瞬間でもある。海よりも深く愛していた女はいけ好かねぇ馬の骨にヤられ、今は亡き父親とはどれだけ悔いたところでもはや和解などできず、自分の小説を心待ちにしてくれるファンなんか一人もいない……それでも人間は大切なものをいくつもいくつも諦めながら、宝くじのような夢を夢見てみっともなく生きていくしかないのだ。
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