私は名作だと思っている。
何気ない会話の中に、ちりばめられた名言の数々。
ただ、なぜだか妙に私の心に残ったのは、樹木希林の「台風大好きなの、なんか気持ちがせいせいする」だった。
「台風が好き」という理由が「気持ちがせいせいする」って一体どういう心境なんだろう？
彼女の抱えている鬱屈した何かが、垣間見えた気がした。
また、カルピスを水で割って凍らせてアイスを作る、という一連の過程をきっちり映画の中に収める、というのも中々すごい演出だと思う。約２時間という、限られた時間の中に、わざわざこんなどうでもいいシーンをがっつりはめ込む度胸。
でも、これは当然、どうでもいいシーンのはずがない。是枝監督からすれば、この描写は必要だった。このシーンから観客は、この家庭の伝統やら、金銭事情やら、樹木希林の性格やら様々なものを、無意識に推測してしまうことになるのだから。
この映画には他にも、そういう無意識に植え付けるような演出が多い。
お供えものの大福を雑にかじったり。
冷蔵庫をパタパタさせて涼んだり。
台風の中、公園の大型遊具の中で、阿部寛と息子が食べているお菓子には、「お徳用 割れせんべい」とある。こんな時にも、「お徳用 割れせんべい」というお菓子をチョイスする阿部寛のキャラクター。
テレサ・テン『別れの予感』をBGMではなく、劇中のスピーカーから流す、というのもグッとくる。
『海よりもまだ深く』という題名も、この唄の歌詞であり、この阿部寛と樹木希林の会話シーンが本作の最重要シーンのひとつであることは間違いないと思う。
男はなぜ「今」を愛せないのか？
未来を夢見たり、
過去を追いかけたりして、
今の幸せを掴めない。
こんなはずじゃなかったのになぁ。
公開：2016年
監督：是枝裕和
出演：阿部寛、樹木希林、池松壮亮、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー
