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天国はまだ遠いの海のレビュー・感想・評価

天国はまだ遠い(2015年製作の映画)
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誰も居ない銭湯は思えばあの時がはじめてだったな。誰も居ないのにあらゆるところから聞こえる水の音にひたすら耳をすませた。たぶんわたしたちは、あのあとどこへ行ったって、たとえ一緒の湯舟につかっていたって、何にもなかったことにできた。牛乳飲んで外出て、夏の夜の匂いしますね、それ犬みたいなね、とかって笑って手も触れずさよならしただけだっただろう。あのひとが歩くたびに目に見えなくても動き続けてた空気、伸びた髪がふわふわって綺麗な耳をくすぐっていた。幽霊について見聞きすると、息苦しくなるほど心臓がうるさくなることが昔からよくあって、あなたはそれに本当によく似てた、本当は会えないひとに、会っているような感じがしていた。一生忘れられないことの予感ばかりが、あなたとの時間の中にはあって、それがたまらなく気持ちよくて、いつもいつも泣き出しそうだった。あれが、「触れ合うよりも気持ちいいこと」だったんだって、ずっと気づいていたのに言えなかったな。三月に生かされていく雄三を見ながら、あの場に居たらわたし、きっと黙ってはいられないだろうと思った。
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