かえで

映画 聲の形のかえでのレビュー・感想・評価

映画 聲の形(2016年製作の映画)
4.9
公開初日に観てから今日まで、いまだにこの作品を引きずってしまっています。
山田尚子監督作品ということでとても楽しみにしていた反面、「聴覚障害者がテーマのお涙頂戴系ラブストーリーなんでしょ(とはいえどうせ泣かされるんだろうけど!!)」とも思っていました。もう、序盤から見事に裏切られた。聴覚障害設定も恋愛要素も、あくまでこの作品におけるひとつのモチーフでありメタファーであって決してそこにフォーカスした作品ではないし、極端なことを言ってしまえばヒロインが聴覚障害でなくとも、恋愛要素が全くなくとも、問題なく成り立ってしまう作品です。ということで当初の私のように俗に言う「感動ポルノ」的作品だと思って観るのを躊躇している方がいたら迷わず観に行って欲しい!!!この作品の主題はもっと大きいところにあって、それでいて非常にシンプルで、なのにとっても愛おしくて暖かい。『ズートピア』が「差別をなくすためにはまず何をしたらいいの?」に対する答えだとしたら、本作は「他人と分かり合うためにはどうしたらいいの?」という問いへのヒント。

完璧な登場人物は1人もいなくて、時には怒りを覚えたりイライラするような人物もいて。でも、そうやって不快に感じる部分は多かれ少なかれ自分の中にもあるものだ、とハッと気づかされる。よく心理学などで「『生理的に無理』と感じる相手というのは自分の中にある嫌な部分を持っている人」だといいますが、まさにそれを疑似体験する感じです。だからこそ考えさせられてしまうし、気づかないふりをしていた自分の嫌なところを見せつけられるようで、思わず目を背けたくなるような場面もあり。そういった人の汚い部分やずるい部分から、他者との繋がりの中できっと誰もが感じたことがあるであろう苦しさや痛みなど、そういった負の要素が正面からとことん描写されています。

しかしこの作品が素晴らしいのは、そんな風にあらゆるマイナス要素を描き切っているにも関わらず、最終的にとてつもなく前向きな気持ちになれること。大袈裟でも押し付けがましくもなく、あくまでとてもシンプルで自然に、そーっと背中を押してくれるような、温かくて愛おしい作品です。観たあとは自分を少しだけ肯定してあげられるような、他人を少しだけ愛することができそうな、いわば一種の人間讃歌のようなもの。本当に素晴らしい。特にラストの何気ない植野の一言が、この作品の全てを物語っている気がします。

ちなみに私は原作未読で映画を観て、この間やっと原作を読みました。原作は原作で非常に良い作品だったのですが、原作を読んで改めて監督の手腕に驚いた。将也の視点に絞ったのは本当に正解だし、テーマも一貫してぶれてない。私が原作で一番泣いたシーンは映画にはなかったシーンで、そのエピソードを入れればより「泣ける」作品にはなったと思うけれど、主題とは少しズレてしまうので入れなくて正解だったのだと思う。原作からカットされたエピソードはもちろんあるけれど、逆に原作にはなくて映画にはあるエピソードもあって、それらがとても効果的な役割をしていたし、全てを「描かない」ことにしっかりした意義を持たせていた。説明しすぎないことが逆に観客側を物語へ引き込み、考えさせる要因になっていて。

舞台挨拶にて山田監督が「物質としての音を意識した」とお話しされていたけれど、本当に、聞こえるものだけが音ではなく、音って見えるもの、感じるものでもあるんだと本作を観て気付かされました。特に音に付随する「振動」が作中の重要な場面場面で効果的に用いられていたのが印象的。そして更にラストシーンで、観客側もそれを「体感」できる瞬間が(これは映画館でしか体験できないと思うので是非、映画館へ足を運んでいただきたい…!)。本当に素晴らしいです。ただ原作をなぞった映像化ではなく、映像化したからこそできる表現、アニメでしかできないことをやり遂げた作品であると思います。

他者との関わりというのは本当に、いくら経験を積んでも難しくて、日常生活の中でのあらゆる悩みって紐解けばほぼ全て人間関係に起因するものだと思う。将也のように、健常者であっても、人の言葉を「聞けない」・人の顔を「見れない」状態の人は沢山いる。そういった世の中だからこそ、この作品は少しでも多くの人に、あらゆる年代の方に、観て欲しい作品。少なくとも私にとって、とてもとても大切で大好きな作品になりました。


(ちなみにマイナスした0.1点はaikoの主題歌です…。aiko自体は好きだし非難する気は全くないのですが、正直この作品にはフィットしていないというか、主題歌だけ浮いてしまっている印象を受けました。恋愛にフォーカスされた物語ではないのに出だしの「ああ 恋をしたのは」で違和感を感じたし、「ダーリン」なんて歌詞も何だかなあ…。ただ、もしも主題歌が本作とよくマッチしたものであったならば多分エンディング中も涙が止まらずに大変だったと思うので、感情をある程度フラットに戻す意味では逆に良かったのかなあとも思ったりしました…)
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