糸くず

シング・ストリート 未来へのうたの糸くずのレビュー・感想・評価

4.1
「音楽は希望だ」とためらいも照れ隠しもなく素直にのびのびと歌い上げる美しい映画。

不仲の両親と崩壊した家庭に教師も生徒もクソッタレな学校など「音楽がなければ生きていけなかった」という切実も透けて見えるけれども、この映画の真ん中にあるのは音楽の力で翼をはためかせて自由に向かって飛び立とうとする心であって、そうしたまっすぐな思いに心がどぶに浸かり切っているはずの自分も共鳴したのだろうか、胸の中に熱いものを感じたのだった。

といっても、わたしが一番心を寄せるのは、飛び立って自由を謳歌するコナーではなく、飛び立つことに失敗した兄のブレンダンだ。「ぶっ壊れた家族」というジャングルを切り開き、道を作ってきたブレンダン。かつては「ジェット気流」だったブレンダン。両親の別離が決定的になった夜、自由を知って走り出したコナーに怒りをぶちまけ、レコードを壁に投げつける。「お前が走っているその道は、俺が走って作った道なのだ」と。

この挫折の苦しみがあるからこそ、嵐に向かってボートを進める二人を見送るあの笑顔が光る。イングランドは地理的には目と鼻の先にあるが、現実としてはずっとずっと遠い。それでも、目に見える希望なのだ。手に届かないように思えても希望がそこにあるように感じられた時代の愛おしい青春のファンタジーである。
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