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キネマ純情のろくのレビュー・感想・評価

キネマ純情(2016年製作の映画)
2.8
語れることは自分についてでしかない(たしかウィトゲンシュタイン)

古今東西「巨匠」と言われる人たちは映画についての「映画」を撮ってきた。

フェリーニなら「81/2」を。ゴダールなら「勝手にしやがれ」を。スピルバーグなら「フェイブルマンズ」を。そうだタランティーノだって「ワンス・アポンアタイム・イン・ハリウッド」を。ティム・バートンの「エドウッド」は彼自身でなかったか。

翻って日本を見れば深作が「蒲田行進曲」を。山田洋二が「キネマの神様」を。大林が「キネマの玉手箱」を撮ってきた。なぜ「映画」についての映画を撮るか。そこには「自分とは何か」を語れる機会があるからだ。自己言及をし、自分に対し向き合う、それは自慰行為だと言われても真摯なベクトルが隠れているんだ。

そして井口である。彼は自分に向きあうこととしてこの映画を作った。そうこの映画はまさに井口そのものなんだ。

というわけで結果パンチラとスクール水着と百合キスしかない映画ができた。薄い!薄っぺらいぞ!井口!(そこがいいんじゃない!)

たぶん井口の関心を円グラフにすると「パンチラ30%」と「スク水30%」「百合キス30%」と言うほんと大の大人だったら頭を抱える円グラフが出来る。でもそこがいい!それだけでいいぞ井口。一部のダメ人間「だけ」に確実に刺さりその他はこの映画を見て「なんてものを見てしまったんだくわばらくわばら」となる展開。ああ、嫌いじゃないぜ。でも嫌いじゃないって言うのすら恥ずかしいけど。

見ていて「ひどい出来だなぁ」と思いながらも最後はなぜか涙を流している自分。いやほんとひどい出来なんだよ。でも井口の映画には力があるんだ(ほんとか?)

ちなみにこの作品クラウドファンディングなんだけど中には20万以上寄付している人もいる。うーん、尊敬しますよ。いやほんとに。
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