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パターソンのyuienのレビュー・感想・評価

パターソン(2016年製作の映画)
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輝きは何の変哲もない日常生活の中に宿る。奇跡はいつだって肩と触れ合う0.1mm先にある。

生きることは時には悲しみと絶望に満ちているけれど、よく目を凝らせば、美しい瞬間はそこらじゅうに散りばめられているから、きっとわたしは生きていける。

涙がとめどなくあふれてくる帰り道、バスに揺られながら、ふわと視界によぎる風景。川の水面に、まるで絵の具がこぼれたかのようにきらめく都会の光。
むしゃくしゃと心が荒むとき、ふと見上げた夜空には、まあるく、皎々たる満月と音楽的に震える夜気。雨に濡れたアスファルトの舗道から立ちのぼるペトリコール。

もしかしたら、ひとは、そんなことで、って笑うかもしれない。しかし、わたしにとってはどれも立派な奇跡なんだ。
そんな小さな、ひとつひとつの、生活の中に潜った詩情が、きつく依怙地になって絡み合った心のひだを何度も何度も柔らかくほぐしてくれたんだもの。

生命は起点と終点がはっきりと目に見える有限的なものであり、脆く、儚い。

果てしなく恒久的な宇宙の中で、わたしたちは原子のように眇眇たる小さな存在だけれど、それでも胸に耳を当てれば、どくどくと、刻む鼓動の音が聴こえる、肌に触れれば相手の体温であたためられる、確かな生である。
人生を深く愛し、他者と慈しみ合うことができれば、はるか未来で誰ひとりわたしを覚えていなくても、きっとこの命は、無意味なんてじゃない。

だから、

お金なんてたくさん無くていい。
愛するひとと一緒に、窓の外の小鳥のさえずりで目覚め、なんて事のない睦言を交わし、丹念に料理を拵え、ふたりでアツアツなコーヒーをふうふう言いながら飲み、くだらないことで笑いあい、夜になれば、また同じ寝床で横になる。穏やかで質素な生活を送ること以上の幸福はない。此処にひとつの小さな宇宙があり、ひとつの完璧がある。
日常こそがエンドレスポエトリーなんだね。
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