わさび

ヒトラーへの285枚の葉書のわさびのレビュー・感想・評価

ヒトラーへの285枚の葉書(2016年製作の映画)
3.9
第二次世界大戦中のドイツで、ある一組のドイツ人夫婦の許に届いた、息子の戦死を告げる報せ。喪失感に打ちのめされ、ナチスに対して有り余る憤りと不信感を抱いた夫婦は、夜な夜な反政府の文言をカードに書き綴っては、街に置いて歩くという秘かな反戦運動に出る。

「ペンは剣よりも強し」ではないが、徹底した非暴力主義のもと、たった二人で285枚ものカードを書き綴り、言葉だけでヒトラーに抵抗した夫妻。その原動力となった哀しみの深さを思うと、胸が詰まる。そして、彼らの覚悟の固さと、互いを結びつける絆の強さにも、胸を打たれた。

本作は実話を基にした作品らしい。反ナチ映画は数多く観たけれども、ドイツ国内でレジスタンス運動を行った、如何なる団体にも属さない個人の話というのは少々珍しい気がして、興味深く鑑賞した。
物語を支える役者の演技も良かった。主要メンバーがエマ・トンプソン、ブレンダン・グリーソン、ダニエル・ブリュール、ミカエル・パーシュブラントといった演技力の確かな俳優たちで構成されているお蔭で、最初から最後まで安心して鑑賞する事が出来た。

が、問題が一つ。夫婦の活動の全てが、息子を奪われたという「私怨」に因るものとしか思えなかった事だ。
抑々二人はどんなイデオロギーの持ち主で、どんな思いで戦争を迎え、どんな気持ちで息子を戦場に送り出したのか。そこが一切描かれていない為に、この活動の軸となった彼らの一番の目的は何だったのか、疑問に思ったまま終わってしまった。残念である。

今わたしの心を過っているのは、例の18枚のカードの事だ。僅か18枚でも、どうか、夫妻の言葉が誰かの元に届き、強く響いたのでありますように。
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