きゃんちょめ

リトル・マーメイドのきゃんちょめのレビュー・感想・評価

リトル・マーメイド(2023年製作の映画)
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【さっき観てきた感想】

私にはなんのことだかよく分からないのだが#NotMyArielというハッシュタグがあったらしい。「アリエルの肌が純白でないとは何ごとか」というような主張がしたいのだとは思う。しかし、考えてみると、そもそも『リトルマーメイド』という作品は『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)という映画に代表されるような異種間恋愛を描く作品である。『花嫁はエイリアン』とか『コクーン』とか『ギャラクシークエスト』とか『スターマン 愛・宇宙はるかに』とか『パーティで女の子に話しかけるには』などのような宇宙人と恋愛をする映画などもこの系譜に含まれるだろう。だとすると、異種間で恋愛(あるいは最終的には交配)をしたいと思うほど、生物種を超越しようとしている少女アリエルのことが大好きなのに、アリエルは白人がいいなどと言っている人たちはほんとうに何を言っているのだろうか。考えてみたくなった。

そもそもアリエルは、人種どころか種族それ自体を超えていこうとする人であり、そんなアリエルのことが大好きならば、アリエルの肌の色なんてどうでもいいに決まっていると思う。

そもそも、アリエルは、とにかく違いを乗り越えていきたいキャラクターであり、アリエルのことが大好きな人は違いを乗り越えることが大好きなはずである。そうでなければアリエルが好きとは言えないはずである(というのも、赤毛であることなどを含めたアリエルのそれほど多くは描かれていない全性質のうち、「違いを乗り越えていきたい人である」という性質はほとんど主要性質とさえ言えるから)。だから、「異種族に恋をするアリエルのことが大好きであるが、アリエルの肌の色の違いは乗り越えられない」(=#NotMyAriel)と言うのは素朴に考えて矛盾だと思う。

「こんなの私のアリエルじゃない=#NotMyAriel」という矛盾した主張よりは、「アリエルが大嫌いだし異種間交配なんて生理的に無理だし、黒人と白人が抱き合うのすら無理。そもそも黒人が嫌い。」というレイシストの主張のほうが、まだマシであると感じる。もちろんこの種のレイシストは論外なのだが。

ちなみにこの映画、先ほど観てきたのだが、なぜトリトン王は最後、エリックをトライデントでマーマンにしなかったのかが分からなかった。どう見ても海の中のほうが楽しそうだったからである。アリエルが人間になることはなぜか無条件的に肯定され終わっているが、海中生物として生きるのか、それとも海上生物として生きるのか、どちらが幸せなのかという議論があってもよかったと思う。この展開だと、結局は海中より海上で人間として生きるほうがアリエルにとって幸福だということは自明だと言われているかのようだが、劇中にUnder the seaというナンバーがあるせいでまったくそれが自明には思えないのである。もしもエリック王子が重要だというならばエリック王子をトライデントでマーマンにして海中に迎え入れるという選択肢もありえただろう。

なぜアリエルが海中生物と海上生物という違いを乗り越えてまで、楽しい海中を出ていこうとしているのかも、まったく理解ができなかった。海中は、楽しそうであった。

あと、エリック王子のどこらへんが惚れるポイントなのかもあまり分からなかった。彼には財産があるということ以外、それほど魅力的に見えなかった。アリエルはエリックのいのちを救ったが、エリックはアリエルのなにを救ったのだろうか。

他にも、アースラが巨大化したのに異常に弱過ぎるし、わざわざ凶器となる難破船を海底から持ち上げるのはなぜなのか、なぜアースラ殺害はアリエルが直接手を下す描写にしたのか、なぜアニメ版にはあった契約書が実写版では消えるのかなど、謎は尽きない。契約書があると資本主義社会のアメリカではアースラに賛同するものが現れることを警戒したのだろう。さらに言えば今回の実写版ではアースラがズルをしてアリエルの記憶を消す描写があるが、あれも「アースラはちゃんと契約をしたのだから責めるべきではない」という意見が出ないようにするための改変だろうなと思う。

それから、もしアリエルがアースラと取り引きをしに行く前に、トリトンに「これ以上、私の要望を無視し続けるならば魔女と取引してやるぞ」と相談しにいけば、「そんな危険な魔女とハイリスクな取引をするくらいだったら私がトライデントで3日間だけ足を生やしてやるから、その期間で人間界についてよく勉強してこい。それでもまだ人間界が好きだったら、また一緒に安全な移住計画について考えていこう。」とトリトンは言ったのではないだろうか。

トリトンはただ人間界に行くことを禁止するのではなく、人間界についての見聞を広めることをむしろ推奨したらいいと思った。アリエルが今回の騒動を起こしてしまうほど人間界のことを好きになってしまったのは、トリトンの教育方針に原因があると思った。もしもアリエルが人間界についてただ憧れるだけではなく、見聞も広めていれば、あれほど人間界のことを一方的に肯定するようなキャラクターにアリエルがなったかどうかはわからないと思う。たとえば、アリエルがもしTwitterを読んで#NotMyArielなどという醜悪なハッシュタグを見つけていたら、人間界を好きにはならなかったかもしれない。

子どもの欲望を力づくで制限し過ぎると子どものほうが力づくでその抑圧を跳ね除けようとしてしまうので、むしろ欲望の対象とじっくり向き合わせたほうがいいと思う。
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