Ricola

青春残酷物語のRicolaのレビュー・感想・評価

青春残酷物語(1960年製作の映画)
3.7
この作品で描かれる「青春」とは、現在の若者が謳歌しているそれでは決してない。刹那的に突っ走る若者たちは、心をすり減らして日々を生きている。
その生き様はタイトルの通り、残酷なのである。


間髪入れずに場面が切り替わり、それと同時に時間の経過も表される演出が前半では特徴的である。
冒頭20分ほどで二人の出会いと恋の芽生えがいかにスピーディーで、さらに刹那的で無鉄砲な調子なのかが示されているようだ。

真琴(桑野みゆき)と清(川津祐介)の関係はトントン拍子で進むものの、その出会いは一般的なものではない。
清は真琴を桟橋に連れて行く。
彼はその桟橋でキスを拒む真琴を突き落とし、彼女から満足いく答えを得るまで手を差し伸べないのだ。
とは言え、もがき苦しみながら必死に泳ぐ彼女に彼は手を貸さないものの、ずっと横で歩いてついていく。
この清の態度は彼女をテストしているようである。

「嫌いでしたんじゃないのね?」
「ただ怒ってるだけさ、あんたにだけじゃなくて」
この漠然とした怒りは、この青春時代特有の自分自身と社会に対するものなのではないか。

「今ぐらいの歳で傷つくと、傷痕はいつまでも残る」「相手と傷つき合うことしかできないでしょ」「体中で世の中にぶつかって生きているの」
青春に向き合っていたかつての若者たちからアドバイスをもらうけれど、その真っ只中にいる当事者は耳を貸すはずもない。

二人は他人の声に耳を傾けることのないまま、どんどん破滅へと向かっていく。
例えば、にやけながら友人カップルの仲を割くようなことを清は言っている。
その横で真琴がタバコをふかしながら上を見つめているが、表情は変わらないまま涙が頬を伝っている。
怒って出ていった友人たちを清はにやけ顔のまま見つめるも、一瞬で真顔になる。清と真琴からは、心からの感情が欠けてしまっているようだ。

さらに他のシーンでも、真琴が呆気にとられたような表情ではらりと涙を流している様子がうかがえる。
それは、彼女が清に電話をかけるシーンである。
清が通話中とわかったとき、彼女は音が鳴るだけの受話器に向かって話しかける。応えのない受話器を握る手の力がどんどん抜けていき、どこか遠くを見つめる彼女の目からは涙が流れる。
彼女は心から清の愛と助けを求めているときに、このように涙を見せるのではないか。彼女は絶望しているからこそ、涙を流すのだ。

一方で清も実は真琴に愛情を示している。眠る真琴のそばに清が駆け寄る。
清は彼女の手を取り、握ろうとするが彼女の力が抜けているため双方の力で結ぶことはできない。
「青春を諦めた」人々の重苦しい会話を背景に、ときにはぶつくさと反論しながら清は眠る真琴を見つめる。
画面における暗闇の配分がどんどん大きくなり、リンゴを力強くかじる彼の目元だけが光に照らされる。
彼女への愛情だけが示されているわけではなく、社会への憎しみと表裏一体になってさらに清の反骨心を刺激している。

社会への不信感ゆえに生まれる、自分たちがそれを変えてみせるという強い熱意を若者たちは持っていた。
しかしそれと同時に、「改革」に献身する加減も自分自身のこともわからないという不安定さは、残酷なほど彼らを狂わせるのだ。
Ricola

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