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パン・タデウシュ物語の一人旅のレビュー・感想・評価

パン・タデウシュ物語(1999年製作の映画)
4.0
アンジェイ・ワイダ監督作。

19世紀前半、ロシア支配下のリトアニアを舞台に、貴族(シュラフタ)のソプリツァ家とホレシュコ家の長年に渡る対立と和解を描いた大作ドラマ。
16世紀後半以降、ポーランドとリトアニアはポーランド・リトアニア共和国という一つの国家として栄えていたが、3度に渡るポーランド分割によってロシア、プロイセン、オーストリアに分割統治されることになった。本作の舞台はリトアニアだが、ポーランドの文化が色濃く根付いている。現在のドイツとオーストリア同様に、ポーランドとリトアニアは兄弟のように近い関係だ。
緑豊かな瑞々しい映像がとても綺麗で、貴族社会の優雅な暮らしぶりも垣間見える。明るい映像とは対照的に、物語には人間の欲望と憎しみが渦巻いているのだ。ロシアに味方した過去を持つソプリツァ家。一方のホレシュコ家はロシア軍の襲撃に最後まで抵抗し、ソプリツァ家の裏切りによって崩壊した。歴史の荒波に巻き込まれ、同じ国民であるはずのソプリツァ家とホレシュコ家は対立を強めていく。ナポレオン率いるフランス軍がロシア遠征を開始したという報せを聞いて、のどかな村にも反ロシア感情が一気に噴出してくるのだ。フランスとロシアの戦争の代理戦争であるかのように、親ロシア派だったソプリツァ家と反ロシア派のホレシュコ家に全面対決の危機が迫ってくる。フランス対ロシアの戦争が大なら、ソプリツァ家とホレシュコ家の争いは局所的&小規模の小。歴史を動かす大きな情勢が、やがて直接的には無関係の小村でも醜い争いを生んでしまうという悲劇、無意味さ。祖国を奪ったロシアの存在が、遠く離れたリトアニアの小村にも暗い影を落としているのだ。
そして、ソプリツァ家の青年タデウシュとホレシュコ家の娘ゾーシャの淡い恋の顛末も、両家の対立の行方とともに物語の軸になっている。祖国とロシアを巡る憎しみと争いで人生を浪費してしまった旧世代の人々とは違って、タデウシュとゾーシャはこれからのリトアニアとポーランドの未来を担う若い世代だ。両家の人間が波打つように交わって踊る終盤のワンショットが素晴らしい。一時の平和と愛に溢れた美しい光景。両家を長年苦しめてきた憎しみを、憎しみを知らない若い世代の純粋な愛が消し去る瞬間だ。
鑑賞後は晴れやかな気持ちになるが、その後のポーランドとリトアニアが辿った歴史を考えると決して手放しでは喜べない。だが、一時的な幸福でさえ躊躇いなく分かち合う人々の姿は儚くも美しい。
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