一人旅

さすらいの航海の一人旅のレビュー・感想・評価

さすらいの航海(1976年製作の映画)
5.0
スチュアート・ローゼンバーグ監督作。

ナチスによる迫害を逃れて航路でキューバを目指すユダヤ人の一団を待ち受ける運命を描いたドラマ。

二次大戦前夜の1939年5月にナチスによる迫害を逃れるため937名のユダヤ人を乗せた客船セントルイス号がドイツ・ハンブルクからキューバを目指した実話の映画化で、監督はユダヤ系で『暴力脱獄』(1967)『幸せはパリで』(1969)『マシンガン・パニック』(1973)『ブルベイカー』(1980)のスチュアート・ローゼンバーグ。オールスターキャストの大作であり、船長にマックス・フォン・シドー、ベルリン大学教授にオスカー・ウェルナー、その妻にフェイ・ダナウェイ、船員にマルコム・マクダウェル、娼婦にキャサリン・ロス、その他ジェームズ・メイソン、オーソン・ウェルズ、マリア・シェルとそうそうたる顔ぶれが揃っています。

1,000名近いユダヤ人を乗せた客船は長い船旅を経てハバナ港に辿り着きますが、キューバ政府の思惑によりユダヤ人に上陸許可は下りません。目的地まで目と鼻の距離まで接近しながら、キューバの地を踏むことを許されないユダヤ人一行。膠着状態が長引く中で彼らの間で不安・不信・焦り・絶望といった感情が渦巻いていきます。その中でベルリン大学教授夫妻の愛の葛藤や弁護士家族の崩壊、さらには青年船員と若き娘の淡い恋の顛末や、ナチス当局の指令で船員として紛れ込んだ独善的な情報部員と正義感溢れる船長の対立といった客船内で発生する多種多様なエピソードをグランドホテル形式で描きつつ、船外陸地で巻き起こるユダヤ救済機関とキューバ政府要人及び各国政府との政治的駆け引きを同時進行で多面的に見せていきます。

いわゆる「ユダヤ物」に分類される作品ですが、強制収容所あるいはゲットーにおける物語ではなく、二次大戦勃発直前に大西洋上で立ち往生を余儀なくされるユダヤ人の悲劇を題材にした点がとても興味深いです。この映画を観ると、当時のユダヤ人がいかに危機的状況に置かれていたのか窺い知ることができます。ナチスが台頭しユダヤ人を明白に祖国の敵と認識するドイツはもちろんですが、民主主義大国アメリカですら客船に取り残されたユダヤ人の上陸を拒絶します。各国の政治的思惑、さらにはユダヤ人を「金のなる木」としか考えない政府要人の欲望に翻弄されながら、ただただ海上に浮かび続ける約1,000名のユダヤ人。まさしく流浪の民ユダヤを象徴するような悲劇的真実なのです。
一人旅

一人旅