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エル ELLEのスペクターのレビュー・感想・評価

エル ELLE(2016年製作の映画)
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いきなりだがヴァーホーヴェンにもし和名をつけるとしたら……「波風立て男」なんかが似合うかと。
人の固定観念や価値観を徹底的に揺さぶり、波風を立てる。本作はその極致。

我々が見ていて怪訝になるのは、彼女があまりに固定観念(らしさ)に囚われなさ過ぎているから。
レイプ被害者とは思えないくらい落ち着いているし、ヤバい女なのかと思ったらそうとも断定できない側面も見せる。息子のことを案じる良き母親であろうとしている。数日後には愛人との情事も。そもそも50代後半~60代前半の女性でレイプ犯からそういう目で見られていたっていうのも中々だと思う。

(男らしさ、大人らしさなどの)らしさとは秩序を維持するために不可欠な装置ではあるんだけど、過剰に適用されると人を束縛する鎖になるし、偏見や差別を助長しかねない。このバランスが難しい。この場合、レイプ被害者らしくしてなさいというのは違和感があり、かつ心ない言葉になってしまう。

彼女には忌々しい過去があるらしく、現在でも苛まれている。それもあってか警察のことを信用していない。
ただセカンドレイプや性被害の検挙率の低さを考えると分からなくもない。

独自で犯人探しをするのも、中途半端な同情や干渉を嫌うのも、自分のことは自分で決める。誰にも介入はさせない。私のことを簡単に分かった気にさせない。そんな気概が見てとれる。

ヴァーホーヴェンの描くヒロインは強い女とよく言われるが、このミシェルの場合誰よりも自立した女性と言う方が合っているのかも。社会的にはもちろん、世間のイメージするあらゆるらしさを拒絶し、疲弊し、傷つきながらも私は私であろうとしている。
ポリコレ、フェミニズム、コンプライアンスさえ超越している気がする。少なくとも日本人にはいないタイプ。

乱暴な性行為でないと感じなくなったのであろう変態の犯人に「何だ?お前もそういう女か?」という幻想に溺れさせておいてからの…。そう来るかという展開。決着はつけるんだけど、スッキリする終わり方はせず、監督の底意地の悪い演出がある。っていうかこの映画の登場人物はロクな奴が出てこない。

面白い以上に困惑し、考えさせられる。熟女は趣味ではないけど、イザベル・ユペールは見事な美魔女でハマり役。
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