幽斎

エル ELLEの幽斎のレビュー・感想・評価

エル ELLE(2016年製作の映画)
4.4
スリラー映画の金字塔「氷の微笑」Paul Verhoeven監督でアメリカの俳優を使いシカゴで撮影が予定されたが、Nicole Kidmanを想定して書かれた脚本が、本人を含め女優が尽く出演を辞退。「氷の微笑」と比較されるのを恐れ、フランスで制作する事に。頓挫する中、Isabelle Huppertが自ら名乗り出る。監督はフランス語を習得して撮影に臨んだが、決断は大成功だった。

Philippe Djianは「ベティ・ブルー」の原作者だが、サスペンス要素は無く、フランスの封建的な社会を背景とした、主人公の1人語りで物語が進む。原題の「ELLE」は直訳すれば「1人の女」。結婚観や実質婚の関係性は日本人には興味深く拝読した。

本作はIsabelle Huppert、今年66歳!に尽きる、何の異論も無い。初めて見る女優さんだが中年に差し掛かる私から見ても、とても魅力的だ。オスカーは逃したが、地元セザール賞主演女優賞は当然。私も色んな映画を観たが、ここまで作品をコントロールする女優は初めて。なんならPaul Verhoevenすら添え物の存在感に圧倒された。彼女は「レイプを肯定するのではなく、安易な通念に従わない点に魅かれた」と語った。女性の奥底に潜む内面だけで、ここまで表現できる演技力に戦慄すら覚える。

フェミニズムの描き方も新たな局面に突入した。「ポスト・フェミニズム」とIsabelle Huppertが言及する通り、女性の価値観を覆す視点が本作の鍵。私の職場にも女性の上司が居ます。関係は良好ですが(美人なので(笑)、同僚の中には快く思わない人が多い。理由を尋ねても無い、恐らく自立した(し過ぎた)女性を敬遠する心理が有るのでは。女性に社会的なマウントを取られると、男から見たら恐怖なのだ。女性と言う型に収まらない彼女の生き方を「それも幸せ」と微笑んでるのを、男は傍観するのみ。

ミステリー目線で言えば、彼女ほど自己完結が強いと、パーソナリティ障害を疑う。彼女はあらゆる障害を跳ね除ける一方で、同じ位周りを傷付ける。父親の殺人、息子への教唆、レイプ犯の妻との関係、一見するとスリラーと懸け離れた物語ですが、雀を処理するシーンで分る様に彼女がソシオパスとすれば、色々深読みも楽しめる。真実を知るのは「猫」のみ。

私にスリラー映画の面白さを教えてくれたPaul Verhoeven、80歳!。次回作は修道女の同性愛を描くミステリー、本作のレベッカ役Virginie Efira主演。しかし元気だなぁ(笑)。
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