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あなた、その川を渡らないでのNMのレビュー・感想・評価

3.8
てっきりドラマかと思って観ていたがドキュメンタリー。実在する本人たち。無理に涙を誘うような演出もなく、劇的な展開もないが、観終えるとしっかりと印象に残る。

山奥に二人で暮らす老夫婦。近くには澄んだ川がある。
かなり高齢で言動はゆっくりだが、協力して畑仕事をしたり、柴刈りをしたり。
細かなことでもいつも気づかいあい、そして子どものようにふざけ合う毎日。いつまでもこの暮らしが続いてほしいが……。


物語はかなりゆっくり進行するが、なぜか全然退屈しない。いつまでも見ていられそう。
とはいえもちろん大人向け。
まずは二人の暮らしぶりを見せる。静かな暮らしだが、時々は子どもたち家族が帰省してきたり、老人会の遠足で大騒ぎしたり。
時々インタビュー風に二人が思い出を語るシーンが挟まれる。独白のようでも、お互いに向けて語ったようでもある。出会った頃のこと、これまでの暮らしのこと。

前半は理想的な夫婦生活が描かれたが、後半からは現実がつきつけられる。

健康にみえた夫には時々ちょっとした体調の不良が感じられ、それが少しずつ悪化していくのが分かる。歌が好きなのに少しためらうようになったり、よく咳き込むようになり、耳が遠くなり言葉数が少しずつ減っていく。病気らしい。
妻の前では力仕事を引き受けていた夫だが、体は思うように動かない。

完璧にみえたこの一家も、両親の世話に関して子どもたちが喧嘩するシーンがある。もっと面倒をみろ、いやみている、大体お前は。きょうだい間で完全に公平な分担などできないので、この問題はどこの家族にもあることだろう。
自分たちのことで子どもたちが喧嘩するのをみて涙する夫婦。

いよいよ病床に伏せる夫。辛そうな様子に家族も涙をこらえきれない。みんな励まし、感謝の言葉を伝えたいがもう思うように会話できない。

買い物で78歳の女性店員に対し妻が「まだうら若き乙女ね」と言うが、自身こそ全く少女のよう。純真で優しい。

霧がかった寒々しい枯山の景色の中で、二人の鮮やかな韓服がとても映える。高確率でペアルック。
しばらくすると春の兆しが現れ、子犬も産まれる。反比例して病状が進んでいくのも、命の循環を思わせた。
そしてまた冬が巡ってくる。

野菜を洗い、夫とふざけて水をかけ合い、石を積んで遊んだ川を、今は一人で静かに見つめる妻。
夫の死を覚悟し支度を進めながらも、あと少しだけ一緒に過ごせたらと願い、墓に向かって、元気でね、寒いから体に気をつけてねと声をかける妻の思いは実際にはまだ整理しきれていない。
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