Qちゃん

ラ・モルト・ルージュ(原題)のQちゃんのレビュー・感想・評価

4.3
タイトルが「la morte rouge(仏語で赤い死)」だったもんで、うっかりエドガーアランポーとかの映像化物のミステリーと思って観て本当にすみませんでした。。映画に出てくる虚構の地名ね。。

「ミツバチのささやき」のビクトルエリセが、自身が5歳の頃に初めて映画を観た時の体験を振り返る。自伝的ドキュメンタリーだが、エリゼ作品らしく、柔らかく静かな語りで、光と影、そして真理を通して夢想と現実が入り交じる。

かつての栄華の余韻を残す、朽ちつつある豪勢な映画館。過ぎ去った古き良き時代のエコーとカジノの亡霊たちの気配をどこかで感じつつ、エリセ少年は人生で初めての映画を観る。

バスカヴィル家の犬がベースとなっているミステリー「緋色の爪」。シャーロックホームズの探偵ものを楽しむというより、幼い彼はただただその不吉さと恐ろしさに囚われる。

人は他の人間を殺めることができるという事実。

そっと周りの大人を見渡してみても、誰も反応する者はなく、ただ静かに目の前の死を眺めている。

少年の心に疑念が芽生える。

大人たちは全員、その死に沈黙し、引き続き観続けることに合意しているのではないか。

やがて恐怖は、色濃く伸びる影のように、スクリーンから現実へと侵蝕してくる。

不穏な雲行きの国内情勢。
本編上映の前座として流されたニュース映像の欺瞞。
お茶目な気の良いおじさんは、人殺しにもなりうる。
虚構の殺人鬼を恐れる弟を揶揄いつつ、爆撃の恐怖に怯える姉。
死を演じれば、死は私を通り過ぎ、他の人間へと目を向ける。

現実とフィクションの境目を知る由もない幼いエリセ少年は、「ミツバチのささやき」の少女アナのように、その無垢で純粋な目で世界の暗闇と光を繋げて見つめる。

映像も、テンポも、言葉選びも。彼の人生観に大きな影響を与えた昔の記憶をこんなふうに描けるなんて、エリセはやっぱり稀有な詩人だ。
Qちゃん

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