糸くず

マンチェスター・バイ・ザ・シーの糸くずのレビュー・感想・評価

3.9
時はどんな人間にも同じように過ぎていく。そして、時は傷を癒す。しかし、「時」という薬の効き方は人それぞれであり、過ぎた時間は同じでも、傷の治りは違う。

終わりそうにない雪かき。アイスホッケー。「寒い」と繰り返し悪態をつきながら歩くリー(ケイシー・アフレック)とパトリック(ルーカス・ヘッジス)。なかなかつかない車のヒーター。冷凍庫から崩れ落ちてくる冷凍食品。そして、最後に投げ捨てられるアイスの棒。

この映画は、火と氷の映画だ。火はほんのわずかしか映らない。しかし、この火は、リーの全てを変えてしまった。たった一度の過ちによって、彼の心は冷たく凍ってしまった。映画の中でのマンチェスターの雪がずっと溶けないように、彼の心もまた雪どけにはまだ早すぎる。ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)のように、「心が壊れてしまった」と言って泣くことも、新しい愛を迎えることもできない。バーでぶつかった男を反射的に殴るリーの怒りと苦しみ。

けれども、この映画は絶望を描いた映画ではない。「どんなに凍りついた心であっても、いつかは溶ける日が来るだろう」という希望とささやかな祈りの映画だと思う。

リーとパトリックのぎこちないキャッチボール。船の上で並んで釣り糸を垂らす二人。傷は癒えないかもしれないが、癒えるかもしれない。ゆっくりと待ってみるのも一つの手だ。

過去の出来事の断片が頻繁に挿入される前半と、その過去がそれぞれにどれだけ暗い影を落としているか、傷口の回復の経過を明らかにしていく後半。アカデミー賞も納得の見事な脚本である。

ただケネス・ロナーガンの演出は、よく言えば愚直、悪く言えば平坦で、頻繁に流されるバロック音楽も荘厳なムードを作るだけに留まっており、ロナーガンは脚本に徹したほうがいいのかもしれないと感じた。
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