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アルジェの戦いのodyssのレビュー・感想・評価

アルジェの戦い(1966年製作の映画)
4.0
【冒頭にマタイ受難曲】

アルジェリア独立を描いたモノクロ映画。DVDにて鑑賞。

イタリア人監督による映画であり、そしてイタリアで行われるヴェネツィア映画祭で金獅子賞を受賞したというところがミソ。フランス人ではなかったからこそ、或る意味、物事を客観的に捉えることができたわけでしょう。

この映画にヴェネツィア映画祭が賞を贈ったとき、一人を除いてフランス人はみな退席したということですが――猪俣勝人『世界映画名作全史 戦後編』(社会思想社)に書かれているエピソード――当時のフランス映画界がいかに愛国的だったかが分かる話ですけれど、猪俣勝人氏は、日本人が逆に日本のことに無関心だという指摘をそこで行っているのが面白い。

アルジェリアは1世紀以上に及びフランスの植民地だったわけですが、そのフランスではこの問題を扱った映画は長らく作られませんでした。最近になってようやく『いのちの戦場 アルジェリア1959』(2007年)が作られ日本でも公開されました。それ以外に、アルジェリア側からの視点で作られた映画『無法者』(ラシッド・ブシャレブ監督)が2010年のカンヌ映画祭に出品され、フランスの右翼が抗議行動を起こしたというニュースもあります(下記引用)。
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冒頭、抵抗運動をしてフランス軍に捕まり、拷問の末にフランス側に利用されるアラブ人が出てきます。利用されることに抵抗感があり叫び声を上げるのですが、そこで流れる音楽が、なんと、バッハの大曲「マタイ受難曲」の冒頭を飾る合唱曲なのです。あたかもこれから受難劇が始まるのだと予告するかのように。

フランスに支配されていたアラブ人が解放戦線を作り、警官の暗殺から始まって、無差別テロへと戦術を過激化させていきます。他方、入植しているフランス側の差別意識や報復的にアラブ人の住むカスバに爆弾を仕掛ける様子も描かれている。状況が悪化するに及んでフランスは軍隊を投入。解放戦線を壊滅させようと熾烈な作戦を実行に移します。

この辺の描写は、フランス側・解放戦線側それぞれの情け容赦のなさを丹念に描き出していて、見応えがあります。解放戦線側の無差別テロが競技場で起こり、怒ったフランス人が売り子のアラブ人の子供に襲いかかる。それを制止するのはフランス人警官です。この辺が面白いんですね。一般のフランス人の民族意識と、いちおう公的な任務に就いているフランス人警察官の節度ある態度の落差。

解放戦線制圧の司令官である中佐が、報道陣の質問に答えるシーンも印象的。フランス軍には、直前の第二次世界大戦でナチスドイツへの抵抗運動(レジスタンス)に従事した者も含まれている。対ドイツへの抵抗運動をした人間が、アルジェリアでは抵抗運動を押さえる側に回る。世の中の不条理が見える場面です。また、この時点ではフランスはすでにヴェトナム(やはり第二次世界大戦までフランスの植民地だった)から撤退していたこと、アルジェリア独立を支持する声明を出していたのがサルトルだけだったということも分かります。

いったんは解放戦線を壊滅させたフランス軍ですが、1960年になって自然発生的に広範な抗議行動が生じ、独立戦争をへて、2年後にアルジェリアは独立します。そのあたりは最後に短く触れられるだけですが、アラブ人民衆の独立を目指した抗議行動の様子は迫力満点です。

とはいえ、その後のアルジェリアの歴史を知っている私たちからすれば、アルジェリアが植民地状態から脱したこと自体は正しくはあるけれど、今にいたるまで独立国としての歩みが順調とは言えないことも知っています。

私がこの古典映画を見る気になったのは、最近アルベール・カミュの遺作に基づく映画『最初の人間』を見たからです。そこでは、解放戦線とフランス側のどちらの過激な暴力にも反対する主人公(=カミュ)や、アルジェリアに根を下ろしそこを故郷だと思っているフランス人の様子も描かれていました。こちらの映画もイタリア人監督による作品。おそらく、『アルジェの戦い』とは逆で、現代ではアルジェリアの独立自体に問題があったというようなことをフランス国内で表現すると知識人から叩かれるという事情もあるのではないでしょうか。フランスとは良くも悪くも政治的な国なのです。

この『アルジェの戦い』も、今日の目で冷静に見るならば、必ずしも独立を目指した人たちに荷担して作られたとは言えないでしょう。解放戦線の残酷な無差別テロの描写にも多くのシーンが使われていますし、またフランス軍司令官である中佐も、ステレオタイプ的なナチス映画によく見られるような極悪非道な軍人としては描かれていません。当時の軍人とはああいうものだったろうという、冷静中立的な描写になっているのです。

近年、日本人がテロで何人も殺される事件がアルジェリアでは起こっています。むろん、独立運動でのテロと、世界経済が不安定な時期の反政府的なテロを同一次元で捉えることは無理でしょうが、しかしインドで独立運動を指導したガンジーが非暴力路線をとったことや、南アフリカで人種差別を批判してその後大統領にもなったマンデラが白人にも寛容な政策を実施していたこと(映画『インビクタス 負けざる者たち』を参照)を考えるなら、アルジェリアの独立運動のあり方を全面的に肯定することができるかどうか、一考の余地もあるでしょう。

この映画は、そうした多面的な思考をも許容する冷静な作りがなされていると思いました。
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