デッカード

手紙は憶えているのデッカードのレビュー・感想・評価

手紙は憶えている(2015年製作の映画)
3.5
老人介護施設に入所しているゼウ。
1週間前に妻を亡くしたことさえ忘れてしまう認知症なのだが、同じ施設にいるマックスから手紙を渡され、アウシュビッツ強制収容所で自分以外の家族を殺した元ナチス親衛隊の男を探し抹殺することに。

妻が亡くなったことも何度も忘れてしまったり、行動指示が書かれたマックスから渡された手紙を読むことも忘れてしまうほどの認知症のゼウが、アメリカ全土を旅して元ナチスの仇を探すというストーリーは「認知症探偵」映画と言えるかもしれないが、終始陰鬱なムードが漂う。
様々な重厚な役柄を演じてきたクリストファー・プラマーが、認知症ですぐに過去のことも忘れてしまう危うくて弱々しいゼウを絶妙に演じていて老いゆえの危機感を際立たせる。

ゼウが探す元ナチス親衛隊でアウシュビッツでユダヤ人虐殺をしていた"オットー・ヴァリッシュ"という男は"ルディ・コランダー"という偽名でアメリカで生活していることはすでにマックスが調べていて、疑わしい人物は4人。
4人をしらみつぶしに確認していくゼウだが、途中でアウシュビッツやナチスの様々な現実に遭遇する内容が興味深い。

アウシュビッツ強制収容所に収容されていたのがユダヤ人だけでなく、男性同性愛者もいたことは初めて知った。
ワイマール共和政権下では権利を勝ち取っていた(それも驚いたのだが)男性同性愛者が、ナチスの「子どもを産めない"生産性のない"人間」を排除する政策により強制収容所に収容されていたことは知らなかった。

そしてアメリカで暮らす元ナチスだった親に育てられた息子がナチスとヒトラー信奉者になりながらも、ごく普通の人として暮らしていることにも驚いた。
ネオナチなど、どこかカルト集団のように思っていたのだが、子どもの人格形成に親の教育が大きく影響することを考えてみれば、ナチス肯定者が世界中どこにいてもおかしくないように思え、それにはゾッとした。

実は個人的には最後に明らかになる"真相"には早い段階で気づいてしまっていたのでクライマックスの展開に驚くことはなかったのだが、当事者が高齢になってしまいナチスのしたことが、特に加害者側で、どんどん風化し忘れられていくことを認知症で象徴的に表現しているのはおもしろい着想だと思えた。

「自分には関係ない」と思っている差別による迫害なのだが、実は為政者がいくらでも簡単に理由付けすれば誰に対してもできることと思えてきて空恐ろしくなった。
日本においても他人事ではないかもしれない。
デッカード

デッカード