アニマル泉

繻子の靴のアニマル泉のレビュー・感想・評価

繻子の靴(1985年製作の映画)
4.1
オリヴェイラの空恐ろしい6時間50分の大作。原作はポール・クローデル、フランス演劇史上の未曾有の大作で映像化不可能といわれた戯曲をオリヴェイラは戯曲に忠実にあっさりと映画化してしまった。ロドリゴ(ルイス・ミゲル・シントラ)とブルエーズ(パトリシア・バルジク)の悲恋である。冒頭から度肝を抜かれる。カメラ目線の口上から一気に劇場内に誘われて、二階席には本作の登場人物が控えていて、主役が舞台に降りて来て芝居が始まる。オリヴェイラが映画と演劇について真剣に考えた途方もない作品だ。ワンシーン・ワンカット、役者は正面目線、動きは前後にカメラ前へ出たり後退するだけ、つまり演技を削ぎ落とすように厳しく制限する、セリフはクローデルの戯曲通り、詩のようなセリフが延々と朗誦される、まるで能か古典劇のようだ。あるいはストローブ=ユイレかパラジャーノフのようだ。スペイン、アフリカ、イタリア、アメリカと世界が舞台になるのだが全てセットで背景は書き割りである。二人芝居が多い。ワンカット5〜6分はザラだ。場面ごとにクレジットタイトルが挿入される。途中に観客に語りかける狂言回しも現れる。全体は三部構成になっている。なかでも第二部で時間が飛ぶのだが、これが判りにくい。全ては詩のようなセリフの朗読で説明されるだけなので、かなりの集中力が要求される。いつまでも続く演劇調の作劇のなかで数少ない映画的な場面がある。ひとつは第二部の「二重の影」と「月の女神の語り」だ。「二重の影」は会うことが叶わないロドリゴとブルエーズがシルエットで逢引きする幻想的な場面だ。そしてその苦悩を月の女神が切々と語る。四方田犬彦はメリエスの「月世界旅行」へのオマージュだと指摘する。もう一つは第三部のブルエーズの娘セテペ(アンヌ・コンシニー)が肉屋の娘と恋人の元へ海を泳ぐ場面だ。これらの場面は印象的だ。ラストのスタジオばらしは壮大である。オリヴェイラいわく「この映画は劇場から入ってスタジオから出る映画だ」途方もない大作である。
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