yuien

永遠と一日のyuienのネタバレレビュー・内容・結末

永遠と一日(1998年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

冷たい霧が立ち罩め、窓を開け放した寝室をじっとりと濡らす。波の音は揺り籠をそっと揺らす子守唄のように柔らかく、穏やかに囁いている。
窓外から、しとしと、という音が微かに聴こえてくる。曙の空はどうやら、雨が降っているらしい。それとも、わたしはまだ夢を見ているのだろうか。
こんこんとした眠気は頭を重く垂れさせ、意識は過去と現在のあわいを頼りなく遊泳する。

少年時代の海は、いま、星の塵がばら撒かれてキラキラ光っている。
どこか遠いところから名前を呼ぶ懐かしい声の主は、決して姿を見せない。
甘ったるくて、胸をつくこの薫りは夢の産物なのか、或いは記憶の破片なのか。

扉を静かに開けると、30年前の妻の姿はあの日のまま、浜辺に佇んでいる。美しく、淋しげに微笑みながら、わたしの帰りを待っている。足を一歩踏み出したとき、一陣の潮風が浜辺を通り過ぎ、彼女の白いワンピースの裾がふわりと翻った。

足裏にまとわりつく生温い砂の熱度は想い出の中より熱く、太陽はより燦々と輝いている。風は君の肌のようになめらかでわたしを優しく撫でる。
君と踊りたい。此処で、このままずっと。優しい君の瞳の虹彩に宿る煌めきはわたしにとっての唯一の真実なんだ。今この瞬間の全ては消え去ることのない、永遠のまぼろし。

わたしの中にいる年老いた子供は、服を脱ぎ捨て、海へと駆け出してゆく。当て所なく流離った人生の最後に、ようやく見つけた帰り路。
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