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Death Note/デスノートのcamusonのレビュー・感想・評価

Death Note/デスノート(2017年製作の映画)
1.0
原作の良いところとして、
死神リュークの軽いノリ、主人公との軽妙な会話のやり取り、
時々見せる死神らしいブラックさとのギャップが挙げられるかと思うのですが、

本作ではその「軽やかさ」を徹底的に排除して、
死神が画面に映るときは画面を暗くし、顔の詳細は見えなくし、
異形としての気味の悪さを前面に押し出しています。

わざわざ、原作において斬新でオモシロと思われるところを、
狙い撃ちしたように「改善」してくるところが、なかなか興味深いなと思いました。
得意顔で「間違い修正したったwww」みたいな感じなのでしょうか?わかりません。

そして、決定的にセンスが欠けてると思ったのは、
ライトに「ファッキンなルールが多すぎる!」とdisらせた上で、
原作になかったルールをデスノートに追加して、
その追加ルールを軸に主プロットを構築したところですね。

<原作にない追加ルール>
「デスノートに名前を書かれた人物が死ぬ前に、
書かれたページを燃やせば取り消すことができる。
ただし、一度だけしか使えない。」

そもそも、デスノートは”死神”が人間を殺すために設計されたツールであり、
ことデスノートの使い勝手のルールに関しては、この大前提を外さないことで、
最低限のリアリティがギリギリ保たれているという作品構造になっているわけで、
この一線を超えてしまったら、作品が崩壊してしまいます。

「ページを燃やせば取り消せる」だけならルールとして不自然なところはありませんが、
無制限の命を持つ死神に対して、「一度だけしか使えない」ってなに?と思ってしまうわけです。
逆にいうと、なんで、わざわざ一度だけ取り消せるようにしたのかと。
デスノート設計者が一度しか効力がないルールをわざわざつくる合理性はどこにあるのかと。

本作の追加ルールは、作品構造を理解せずに打ってしまった「禁じ手」のように見えてしまいます。
これでは、プロットのためだけに後付けでルールを追加することが無制限にできてしまうし、
実際にそれがモロバレになっている状態です。

大勢の人が関わっている作品なのに、このことに気付く人がいなかったのは、
かなりヤバいなと思った次第でした。
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