三樹夫

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディアの三樹夫のレビュー・感想・評価

3.7
映画が始まって何もない画面が続いた後にいきなり心臓手術が大写しになるケレンをかましてくる。この映画でこの後に観るのは、心臓手術が大写しみたいなあまり観たくないものが続く。
心臓外科医の主人公は見た目からしてちょっとヤバそうな少年と交流を持っている。少年は心臓外科に興味があるらしく、病院の見学に連れてきたり、自分の家にも招いて妻と娘と息子と一緒にテーブルを囲むなど、よくしている。少年はシングルマザーの家庭で、しかも母親は無職だ。少年は主人公に自分の父親になって欲しそうで、主人公は悪霊に憑かれたみたいにどんどんストーキングされる。さらに悪いことは続き、息子が謎の下半身麻痺で入院することになる。実は少年の父親が亡くなったのは主人公の手術のせいで、「僕の父親が死んだから、バランス取ってあなたの家族の中の誰かが一人死ななければならない」と少年からバランス理論を叩きつけられ、次は娘が息子と同じように下半身麻痺になる。このままだと妻も同じ状態になるのでどうしようかなという不条理ホラーコメディホームドラマ。

訳は分からないけど何か観れちゃう映画で、少年が何者なのか、それこそ超常的な力を持ったキャラなのか、家族が次々麻痺していくのはただの偶然なのかどうなのか、少年のバランス理論は本当なのかどうなのかは分からない。少年の台詞にあるように何らかのメタファーではあるらしい。家族が麻痺になっていくのは、主人公の罪悪感が謎の麻痺として現れているようにも思える。
これは監督のヨルゴス・ランティモスは自分の父親と何かあったなと思って調べてみたら、両親の離婚後は母親に育てられたが母親は早くに死んだため未成年の時から自活していたとのこと。父親に捨てられたということを、アリ・アスターみたいに自分のトラウマを映画の中にメタファー的に仕込むセラピーで、少年はヨルゴス・ランティモスの分身みたいなもの。この映画の主人公がわりかし碌でもないのは父親への不信感でもあると思うが、同時に父親を求めているというアンビバレントな感情で、それを映画にすることが一種のセラピーになっている。

何か気持ち悪いものが続き、話が進むにつれてそれは増大していくし、何かよく分からなくなっていくが、この映画はホームコメディにもなっている。主人公のオナニー話は一体何?私が息子なら一生自分の胸の中にしまっといて欲しいわ。大量に精子出たと何気にオチがついているのが変にエピソードトークとして完成している。
主人公のセックスの始め方も何これで、妻のポーズが猪木アリ戦の猪木だった。娘か息子どっちを犠牲にした方がいいですかねと学校で相談してるのも笑ってしまう。

何これという映画だが、演出次第によってはエンタメ度の高い不条理サスペンスとして作ることも可能ではある。しかし登場人物全員が低体温で無感情なため何やってるんだこの人たちという変な映画として出来上がっている。
三樹夫

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