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サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のTaiRaのレビュー・感想・評価

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これさえあれば生きていける、というものを失った時、それでも生きようと思えるか。

元々、デレク・シアンフランスの準備していた『Metalhead』という企画がどうにも作れず、仲間のダリウス・マーダーに託した形。シアンフランスの企画は、実在する夫婦バンドのJuciferを登場人物のモデルにし、当人たちにその役を演じさせる予定だった。トレーラーハウスで生活しながら活動しているのは彼らのスタイル。主人公のやる音楽も彼らのやってるスラッジメタル(ハードコア×メタルみたいなやつ)を踏襲。難聴と支援プログラムなどはドラマとしての要素。ジョー役のポール・レイシーは本人ではなく両親が聾者であり、聾者コミュニティの著名人でもある。手話通訳者でもあり手話演奏バンドもやってる。現実と創作のバランスが如何にもシアンフランスだし、そんな企画を任されて初監督ながらやり遂げたマーダーも凄い。俳優たちの芝居はどれも凄かった。リズ・アーメッドはドラムの習得から手話の習得までやって最良のパフォーマンス。必然的に台詞も少なくなる中、最小限の表現で説得力のある芝居をしている。レイシーはもちろんオリヴィア・クックも素晴らしかった。音響の役割も大きく、ヘッドホンで観るのが最良。主人公の聴こえる世界を共有させる。人工内耳の聴こえ方を再現した終盤パートは中々凄い。それまでの流れが「障害」や「治療」についての単純な考えを捨てさせる。音が持つ暴力性を感じられて余計にそうなる。主人公の決断を肯定も否定もせず、カメラは見守る視点に徹している。主人公が長い混乱を経て、世界を受け入れるまでの困難と尊さに泣く。
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