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サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のyumaのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

すごかったです。考えがまとまらないし、言葉で言い表すことの出来ない何かを感じたので、感じたことや思ったことをざっと残しておきます。またいつかもう一度見たときに、構成やメッセージについてもっと深く考えようと思います。

僕は映画が好きです。なぜ映画が好きかというと、映画は、僕にとって非日常な世界に連れて行ってくれるからです。例えば、戦争もの、高校生活、悲劇と謳われる人生を歩む人の物語、などです。普通に生きてて、体験することのできないものを体験できるということが映画の醍醐味だと思っています。
だから、この映画は、そういう意味ではすごく良かったです。耳が聞こえなくなってしまう体験、ルーベンの心の葛藤に寄り添いながら、色々考えれました。特に、音響デザイン、音の編集が本当に良かったです。

ただ、耳が聞こえる人、聞こえない人の間に壁を作って生活してしまうと、互いが共存していくっていうハードルが上がってしまうんじゃないかなと思ってしまいました。これが現実でもあるなら、まず耳が聞こえる人が耳が聞こえない人のことを知る必要があるなとも思いました。しかも、耳だけに限らず、目や足など、さまざまなハンデを持つ方についての知識をもっと蓄える必要があると感じました。ただ、ジョーと考え方は違うけれど、ジョーはジョーで多分、本気でろう者を救いたいと思っているし、ルーベンがハウスを去ることになったときのジョーの顔がすごく印象的でした。
この考えが合ってるかなんて分からないし、当人たちとしっかり意見を交換しないといけないと思います。今、ここで”はい、これが結論です。これからはこうしていきましょう”なんて簡単に答えは出ないだろうから、ろう者とどう接すべきなのか、もし同じ状況に立ったらどうすべきなのかをじっくりと考えておくようにしておきます。
僕はまだ学生という立場で、将来の職業もまだ決まってません。でも、困っている人を助けることが出来る職業に就きたいなと思えました。

匂いもそうだけど、音ってすごく記憶と結びついていると思います。例えばこの曲を聞くと、受験期を思い出すとか、好きな子を思い出すとか、あるいは大事な試合を思い出すとかです。音を聞くことで過去の自分を見つけられるというシーンは少なからず僕にはよくあります。音っていうのは自分の中での思い出の引き出しのような役割を果たすものでもあると感じたことがあるので、残しておきます。

ルーベンが手術する前に、説明はなかったのかな? 手術したあとに、本当の音じゃないって言われても、そりゃ混乱するよ。説明のシーンはあってよかったんじゃないかな。ただ、映画の流れ的には最後にルーベンが本当の自分を受け入れるっていうポジティブな風に持っていくには仕方なかったのかな。説明してたら、忠告を無視した結果っていうマイナスな印象を強く与えてしまうからね。多分。

自然の音が異様に流れてた気がします。鳥の鳴き声や風の音。日常の雑音でさえも聞こえなくなるって怖いな。だから、僕は今ある状態に感謝して、今日一日は聞こえる音すべてを堪能したいと思います。素敵な体験でした。

P.S. 一日経って、すごく色んな音を感じました。草を抜く音、冷水機の音、クリーピーナッツの音楽、スズムシの音、指と指が触れ合う音、話し声、車の音、沢山の音で世の中回ってるんだなって改めて感じました。今ある聴覚に感謝して、日々を生きようと思います。
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