まさか

禅と骨のまさかのレビュー・感想・評価

禅と骨(2016年製作の映画)
4.2
京都嵐山・天龍寺の僧侶ヘンリ・ミトワの一代記。一般にはさほど著名でもない混血の僧侶の、その最晩年に撮影をスタート。時間を遡るように、ミトワ家のルーツである横浜から、太平洋戦争直前にヘンリが渡ったロサンゼルス、戦時中のカリフォルニア州の日系人収容所、そして京都へと足跡を辿り、波乱万丈の人生と破天荒な人柄に迫った渾身のドキュメンタリーだ。

監督自身の言葉によれば延べ撮影時間は約400時間。それをわずか2時間に圧縮するのは骨が折れたとのこと。しかしその2時間には、ヘンリ・ミトワその人の生涯とともに、彼が乗り越えてきた過酷な時代の実相がしっかり記録されている。

ヘンリ・ミトワはおよそ僧侶らしからぬ、 老いてますます精力が横溢するかのような強烈なキャラクターを持つ人物。やりたいことがたくさんあり、何かに突き動かされるように行動に移し続けてきた。悟りや枯淡とはかけ離れた、下品とも取られかねない冗談を我が物とする92歳の型破りでパンクな爺さんだ。と同時に、社会的地位に関係なく誰にでも同じ姿勢で、常に本音でぶつかる透徹した眼差しが清々しい、背筋のまっすぐな傑物でもある。因習や固定観念とは全く無縁の大きな器を持つ人。そのミトワさんも凄いが、この手強い相手に肉薄し、あまつさえその家族にも延々とカメラを向け続けた中村監督も凄い。

本作はヘンリ・ミトワその人の生涯を描いたものだが、同時に、太平洋戦争を挟んで時代の大波に翻弄されたミトワ家の視点から、日米二つの国家に蹂躙された、二つの母国を持つ人々の過酷な運命を描くことにも成功している。

それだけではない。家族の中の愛情のすれ違い、別れと再会、放埓な父親に手を焼く身内の苦しみも、ありありと描く。家族という選びようのない人間同士の愛憎相入り混じる切迫した関係。極端な人物であるからこそ浮かび上がる人間の業の凄まじさ。それらを、これほど生々しく、そして愛おしく描いたドキュメンタリーを未だかつて見たことがない。興行的には芳しくなさそうだが、1人でも多くの人に観てほしい、人物ドキュメンタリーの至宝。
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