笹井ヨシキ

ドリームの笹井ヨシキのネタバレレビュー・内容・結末

ドリーム(2016年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

「ヴィンセントが教えてくれたこと」のセオドア・メルフィ監督最新作ということで鑑賞して参りました。

公民権運動が盛んな時代に生きた黒人女性の話ということで当然差別や偏見の愚かさをテーマにしているのですが、「差別ダメ!絶対!」と単に正しさを押し付けるのではなく、何故差別がダメなのかを明快に、そしてポップに描き、差別が当然に行われている場所でも変わる事ができると伝えており、とても良かったです。

今作を観ていると差別がどうしてダメなのか明明白白で、差別は単純に非効率的で損なんですよね。

キャサリンのような優秀な人材に対して、十分な情報を与えずトイレも与えず、黒人だから女性だからという理由でジャマをしていてはロシアに遅れをとるのは当たり前で、一番効率性や合理性を重視すべきNASAという組織でさえ差別が平然と無意識に行われていた当時の異常さが、被差別側の悲痛さよりも差別する側の愚かさを軽快なトーンで描いているので非常に楽しくてタメになる誰にでもオススメできる作品となっています。

今作の主人公はキャサリンですが、どちらかというと問題→葛藤→解決という成長の物語を牽引するのは、破綻したガバナンスに気づかないNASAという組織で、アメリカという国の未熟さが変わっていったその事実の尊さを描き、まだまだ差別が絶えない現在でも変わる事ができる可能性を示しているのはとても感動的でしたね。

演出も非常に細やかで映画的な快感に満ちています。

冒頭、キャサリンが天才少女として才能を見出される幼少期のシーンで、黒板に数式を書く場面を終盤の会議シーンで呼応させたり、
キャサリンの才能が黒人全体の大きな希望となっていることを描きながら、次のシーンではタラジ・P・ヘンソン演じる大人になったキャサリンが止まった車でぼーっと空を見上げるシーンなど、セリフで多くを語らず、かつ湿っぽくなりすぎず現状を伝えていてスマートだと思いました。

同じシーンを繰り返すことでそこに発生する小さな変化を観客に気づかせるミラー・イメージの手法がとても巧くて、キャサリンがトイレに走るその長い長い距離を、終盤で差別していた側が走り最終的にはキャサリンとともに並走するというのも、NASAの差別意識がなくなっていることを映画的に表現できているし、
ジム・パーソンズ演じるスタフォードというキャラクターの変化、例えば書類の渡し方であったり、タイプライターの連名の件であったり、コーヒーの件であったり、わかりやすいんだけどこれみよがしではない、絶妙なバランスで描かれていて良かったです。

キャサリン以外のサブエピソードもとても無駄なく効いていて、
黒人同士の間で発生する女性差別の問題も、マハーシャラ・アリ演じるジムが変わっていくことで開かれた物語となっているし、
ジャネール・モネイ演じるメアリーが、裁判で「初めてになることの偉大さ」を説き「差別しないことは得である」と相手を納得させるシーンにはカタルシスがありました。ここでは差別する側の裁判長を悪ではなく対話可能な存在として憎々しく描いていないところが素晴らしいと思いました。

ケヴィン・コスナー演じるハリソンがトイレをぶっ壊すシーンも印象的だったし、オクタヴィア・スペンサーとキルスティン・ダンストのトイレでの演技対決による「それでも100%の和解に至らない差別の根深さ」も正しさに逸脱しすぎないリアリティを感じて良かったです。

宇宙飛行士グレンを演じたグレン・パウエルの圧倒的なカッコ良さも、宇宙飛行士である彼がアメリカのあるべき理想の未来を体現していて、彼が地球への帰還を危ぶまれるシーンには惹きつけられるぐらいの存在感もありましたね。

軽快で力強いファレル・ウィリアムズの音楽も良くて、差別されるようなシーンでも痛々しい感じがしないのは音楽の力が大きいと思いました。

演技、演出、音楽、脚本、テーマ、世界観、メッセージ、どれをとっても高いレベルで言うことはないんですが、あえて無理矢理文句を言うならちょっと完璧すぎて隙がないのは欠点といえば欠点かもしれないですw

「天才が世界を変えた」というような凡人には開かれてないところもあるのかな?と思いきや、最初は不満を持っていたメアリーの夫がシャープペンをあげて、「天才を支える凡人にもできることがある」というようなことも抜け目なく描いておりそれ自体は素晴らしいことなのですが、何というか全部を救いすぎている感じがしたというか。
きっと現実には全く救われない人がたくさん居て、そういう人たちを少しでも描いているとリアリティは増したのかな?とも思いました。(完璧にイチャモンですがw)

わかりやすい演出がやや行き過ぎているところもあって、ドロシーが部下たち引き連れてコンピューター室に乗り込んでいくところなんかはフリーダム・ライドの象徴化なのかもしれませんが、もうちょっと抑えた方が好みでした。

とはいえそういうのは本当に微々たる好みの問題で、明快で楽しくて映画的な作品でした!
差別を扱った映画の中でも重さはなく、万人にオススメできる傑作です!
笹井ヨシキ

笹井ヨシキ