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レッド・スパローのnetfilmsのレビュー・感想・評価

レッド・スパロー(2017年製作の映画)
4.1
 吐く息白く、腰をかがめるような底冷えする寒さがフィルムに定着する冒頭、モスクワで生まれ育ったバレリーナであるドミニカ・エゴロワ(ジェニファー・ローレンス)とアメリカからやって来たCIAスパイのネイト・ナッシュ(ジョエル・エドガートン)がクロス・カッティングされる。女はカーテンを開け、芯から冷えるモスクワの光を部屋の中へ入れると、ゆっくりとした足取りで愛する母親が眠るベッドを訪れる。母親は寝たきりで、治療費がかさむ病床にある。ボリショイ・バレエ団での栄光の女の光と陰、一方男は底冷えする市街地を徒歩で真っ直ぐに向かう。やがて目の前から男のシルエットが見えた矢先、後ろからパトカーのハイビームが彼の足取りを追う。互いの絶体絶命の瞬間は冷静な筆致で交差する。ダンサーたちの白が舞台を優雅に満たした後、ドミニカの赤がひときわ鮮明に映る。一方市街地では街灯の僅かな明かりに支えられたネイトが金色の闇の中で蠢く。灰色がかった街で、ただ一人赤いドレスを着る女は次の瞬間、セルゲイ・ポルーニンによる不慮の事故により、バレリーナとしての未来をあっけなく絶たれる。それに対し、ネイトは辛くもモスクワ警察から逃げ切り、アメリカ大使館へ入る。

 今作は33年間に渡り、CIAに務めたジェイソン・マシューズの同名小説を元にしている。そのシリアスで重厚な灰色がかった世界観のリアリティはジョン・ル・カレの小説の世界観とも親和性を持つ。愛する母親の治療費を工面するために、致命的な傷を負い、祖国のために生きるスパイとなったドミニカ・エゴロワは叔父のワーニャ(マティアス・スーナールツ)に人生を歪められる。スパイとは名ばかりの高級娼婦にさせられたスパロー養成所では、 リリアーナ・カヴァーニの『愛の嵐』で強制収容所でレイプされた少女を演じたシャーロット・ランプリングが血も涙もない監視官役を演じている。祖国のためには体を使うことも厭わないと教育されるドミニカは羞恥心を捨て、相手の欠落部分を補えば気持ちに入り込めると国家の美しい武器となる。『ハンガー・ゲーム』三部作で10代の少女を演じたジェニファー・ローレンスが今作では国家に翻弄される女の焦燥を描き出す。その随分あっけらかんとした裸体には驚くが、ネイト・ナッシュとの情報戦のあと、女としての幸せを感じるドミニカの姿は女性たちの共感を呼ぶに違いない。母親の治療費を工面するためにスパイ活動に身を投じたドミニカは国と国とのスパイ・ゲームの中で、真に大胆な誘惑の心理戦へと打って出る。その姿はファム・ファタールというよりも、現代のジャンヌ・ダルクや女ジェイソン・ボーンとしての圧倒的な魅力を讃えている。
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