真一

否定と肯定の真一のレビュー・感想・評価

否定と肯定(2016年製作の映画)
4.3
 歴史論争の仮面を被ったレイシズムやファシズムの台頭に、私たちはどう向き合えばいいのかー。この難題に正面から答えたのが、本作品です。

 「歴史を歪める言説を指摘し、徹底的にウソを暴く」

 「歴史デマを繰り広げるレイシストを真人間とみなさず、社会から孤立させる」

 この峻厳な態度が、民主主義を担う私たちに求められている現実を、改めて痛感させられた。

 舞台は英国ロンドンの法廷。アウシュビッツ大虐殺を否定するレイシストが「歴史改ざん屋というレッテルを貼られた」として、米国の歴史学者を、なんと名誉毀損で訴える。歴史評論家を名乗るこのレイシストのアーヴィングには「アウシュビッツ虐殺はユダヤ人がつくりあげたデマだ」という持論を、「言論の自由」の名の下に拡散し、ナチスを免罪する狙いがあった。

 この映画は、こうしてアウシュビッツ否定論者から狙い撃ちされた、正統派の歴史学教授デボラ・リップシュタットの葛藤と戦いを描いた実話ベースの名作です。

※以下、ネタバレ含みます。

 印象に残ったのは、判決の言い渡しが終わり、敗訴したアーヴィングが、勝訴したデボラの弁護士に握手を求めたシーンだ。弁護士は握手を拒否し、視線も合わせずガン無視を決め込んだ。「レイシストやファシストに居場所はない」という強烈なメッセージだった。

 この映画を見て、カール・ポパーが提唱した「寛容のパラドックス」を思い起こした。「無制限に寛容な社会は、最終的に不寛容な人々によって破壊される」という趣旨だ。この法則に当てはまるのが、ワイマール民主主義の下でのナチスの台頭。「ヒトラー候補のユダヤ人排斥論も言論の自由の範囲内。尊重されるべきだ」とするドイツの有識者らの態度が、取り返しのつかない事態を引き起こした。その教訓に立つのが、ポパーの言葉だ。

 日本も他人事ではない。ネットを見れば、関東大震災時の朝鮮人虐殺を「朝鮮人によるデマだ」などとする悪質なヘイトスピーチがあふれる。ネオナチのアウシュビッツ否定論と瓜二つだ。

 民主主義を破壊するレイシズムやファシズムに対する「断固たる拒絶」は、政治家や学者、メディアだけでなく、人権・平和・主権在民を掲げる私たち一人一人に課せられた責務ー。この映画を見終えて、こうした思いを新たにしました。
真一

真一