Kuuta

「もののけ姫」はこうして生まれた。のKuutaのレビュー・感想・評価

4.0
「辛い時に辛い表情をさせたらそれだけのシーンにしかならない」。

記号の集積であるアニメで、記号的になる事を徹底的に嫌う、この矛盾。声優の起用を避け、役者や素人を使うのもその現れだろう。

別の見方をすると、これは映画の「アクションの面白さ」をアニメで表現する事の探究でもある。

例えば、宮崎作品お馴染みの、落下と上昇に意味を持たせること。実写であれば、それは見る側が脳内で補えば良いだけの話だが、ハヤオはそのアクションの意味を描き手が理解した上で、A地点からB地点までのコマごとに、物語的なニュアンスを全て表現しろと言う。

そんなめんどくさい事は実写でやれと思ってしまうが、本来アニメ的でない表現をアニメに求めていく、この捻れこそがハヤオの作家性であり、他のアニメには無い作品の凄みに繋がっているのだろう。

(正直、数カット毎のニュアンスがサブリミナル的にどの程度伝わってきているのか、よく分からないけれど)

映画というより、ひたすら長いドキュメンタリーだが、内容は濃い。何点付けたらいいかよく分からないので、とりあえず星4にします。

①全盛期ハヤオの仕事っぷり
これは見てもらう以外に伝える術が無いが、凄まじいの一言。彼なりの製作上の工夫も出て来る。「大きめの枠の絵コンテで描き、主人公に寄り添わないようにする」「アクションの構図をベクトルで考える」…。仕事中に居眠りしそうになり、眠気覚ましに口ずさんだ歌がコクリコ坂のテーマ曲だったのがうおおってなった。

②ジブリの仕事っぷり
ハヤオの絵コンテに沿うことだけ考えて原画を描くと、「ちゃんと考えていない」と修正され続ける地獄。その絵を世に出す意味を吟味し、工夫することが求められる。

背景美術、CG、カラーコーディネート等、各部署のスタッフが実名で登場。彼らが試行錯誤する様子は、ハヤオの捻れた作家性をスタジオ全体で実現しようとする過程そのもの。ハヤオの求める仕事のやり方が、各部署で徹底されているのがよく分かる。

技術的な課題とその解決法、実際に映画に使われたシーンをテンポ良く積み重ねていくので、工夫の一つ一つが分かりやすく伝わってきた。

③作品を売る鈴木敏夫
鈴木敏夫の努力にかなりの時間が割かれているのも今作の特徴だろう。私は絵心の無い人間なので、上記①②は別世界の話として半分口を開けて見てる感じだったが、ここは親近感を持って楽しむことが出来た。

徳間書店の社長から映画会社の幹部まで、色んなインタビューが収められている。「もののけ姫」フィーバーの要因を掘り下げようとする意図も感じられる。

この人は凄いなと直感させられる人から、平凡なサラリーマン、作品の中身はどうでも良さそうな人。様々な立場の仕事によって成功が生まれた事が見えてくる。

個人的に特に良かったのが、鈴木氏とPR会社による会議。どこで上映し、興収何億を目指し、どんな宣伝を打つのか。具体的に語られる。

作品を見たPR会社の意見は「暗い」「グロい」「女の子にはちょっと…」「感情移入出来ない」。邦画のダメさが凝縮されているようで暗澹たる気持ちになるが、これに対し鈴木敏夫が、ハヤオの目指す表現について必死に説明してるのが、めちゃくちゃ熱かった。

最後に、ハヤオの印象的な言葉。
「共有できるものをいっぱい持てば個性を生かせる仕事が増える」「趣味の間は仕事を忘れられると言ってるようじゃダメ。趣味も全てアニメに注がなくちゃ」。雑学が次々に飛び出る彼の教養の深さには驚嘆させられるが、全ては仕事に繋がってるんだなぁと。

(後者の言葉は作画監督をやっていた高坂希太郎氏に向けたもの。自転車好きの高坂氏は2003年に「茄子 アンダルシアの夏」という自転車アニメの傑作で監督デビューする)

そんなハヤオが唯一、ペースを乱される人物が終盤登場する。美輪さんだ。アフレコを前に、モロのキャラクターについて菩薩を絡めて論じ始め、ハヤオは「私はそこまで知識が無く…」と頭を掻く。神々の会話感が面白かった。

私は公開当時映画館でもののけ姫を観れていないので、とにかく今回の再上映が楽しみでならない。
Kuuta

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