田中宗一郎

君の名前で僕を呼んでの田中宗一郎のレビュー・感想・評価

君の名前で僕を呼んで(2017年製作の映画)
4.5
原作小説から敢えて改変された時代設定。舞台となったイタリアの1983年は第二次大戦直後からずっとキリスト教民主党主導だった時代を経て、冷戦終結後、イタリア社会党からクラクシが初の首相に就任した年だ。まさか〈五つ星運動〉と〈同盟〉が極右連立政権を樹立するなどとは誰も想像しえなかった時代。HIV以前、いまだセクシャル・マイノリティにとってはかろうじてオプティミスティックたりえた時代。流れるようなカッティング・イン・アクションの連続が北イタリアの夏の景色を切り取ることで、83年夏という時代のオプティミスティックな空気が躍動感いっぱいに浮かび上がる。そこでの無邪気で罪深い(と当時は考えられていた)欲望。蜜で溢れたアプリコット。濡れた肌。長回しのカットは限られている。いくつかの性愛の高まりを捉えたカット、あるいは、バッハの変奏、『エプタメロン』、ピアーヴェ川の戦い、ミシェル・ド・モンテーニュの言葉をモチーフにした長回しのカットは、決定的な二人の関係の変化をじっくりとスクリーンに刻みつける。自転車や車が市街や田園を横切る時、四人の男女ーー特に主人公二人の関係性には必ずドラスティックな変化が訪れる。スティアン・スティーブンスの“ミステリー・オブ・ラヴ”が流れ出すや否や、本作唯一の「揺れ動く視点のカメラ」が映し出す自然の緑と黒、流れ落ちる滝の白。その瞬間の戦慄。いくつもの80年代半ばのポップ・ソング。サイケデリック・ファーズが演奏する「ラヴ・マイ・ウェイ」という歌詞が1度目と2度目ではまったく別の意味を持つという、さりげない演出。すべてがどこまでも意図的で、どこまでもさりげない。そんな風に刻々と変化し続ける130数分。息を飲むような官能的な体験。もしその後の二人を描く続編が作られるとしたら、ベルルスコーニが首相に就任した90年代が舞台になるだろう、とグアダニーノは語っている。曰く、共産主義の終わり、フランシス・フクヤマが言うところの「歴史の終わり」という新たな世界秩序の始まりの時代だ、と。過去を切り取る映画は必ず今を批評する。それにしても、未成年が喫煙しまくる映画はやはり最高に素敵です。
田中宗一郎

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