パングロス

一本刀土俵入のパングロスのレビュー・感想・評価

一本刀土俵入(1957年製作の映画)
4.1
◎ファン必見 歌舞伎役者加東大介渾身の土俵入り

1957年 83分 モノクロ 東宝 スタンダード
*若干コマ飛び、ピンぼけ、ノイズあり

長谷川伸が1931年に発表し、すぐに六代目菊五郎主演で上演された名作。

早くも同年に片岡千恵蔵主演、稲垣浩監督で映画化されて以来、1960年までに6回映画化されている。

本作は、その5番目の映画化。


【以下ネタバレ注意⚠️】







原作が比較的小規模で、一文無し時代の茂兵衛と10年後の2部構成、場面も、渡し場(ロケ)、取手宿(屋外セットか)、神社の賭場(ロケ)、お蔦の家などの数箇所に限られ、時代劇としてもかなりの低予算で製作されたと思われる。

第一部の若き茂兵衛のくだりでは、加東大介はあまり適役とは思えなかった(元の戯曲もさほど上手く書けてはいない)。

ところが、第二部に入って、パリッと見違えるような姿となった一博徒茂兵衛(*)の姿になった加東大介は、いでたちも、所作も、話ぶりも全てが決まっていて、惚れ惚れとするほど。
*セリフでは「ブ職」と言っているが「無職」でヤクザ者のことらしい。

我々のよく知る加東大介は、数々の名画における名バイプレイヤーとしての姿であるが、本作では、まさしく主役を張る颯爽たる役者ぶり。

映画で活躍する以前、もともとは、歌舞伎役者市川莚司として、前進座で活躍していた勇姿をうかがわせる。

数ある加東大介のフィルモグラフィーのなかでも、ここまで堂々たる歌舞伎役者としての姿をとどめた作品は、他にはないのではなかろうか。
ファン必見の名作だ。

同じく名バイプレイヤー、田中春男が珍しく色男を演じていて、最初笑ってしまった。
だが、セリフ無しの表情だけで、お蔦の顔を認めた瞬間に見せる喜びの表情はさすが。

ただ、関西出身で、歌舞伎の経験のない彼の場合、長谷川伸が書いた口語体の七五調のセリフは馴染まないようで、加東大介の歌うような見事なセリフ回しとは対極ではあった。

越路吹雪のお蔦は、小原節の哀切さ含めて、あだな艶っぽさと我が子に寄せる愛情が感じられ、やはりいい役者ぶりである。

もひとつ、忘れちゃいけないのは、仇役の博徒の親分「波一里の儀十」を二代目尾上九朗右衛門が演じていること。
九朗右衛門は、日本演劇史上に燦然と輝く名優、六代目菊五郎の長男(ただし妾腹)。
1949年の父の死とともにアメリカに留学し、帰国後も歌舞伎・映画・テレビドラマにと出演もしていたが、六代目の養子として家督を継承する形になった七代目梅幸に対して、目立たない存在のまま、1969年に脳出血で倒れる。
復帰後はアメリカに移住してハーバード大学等で歌舞伎を教えるなどし、2004年にハワイで死去した。
いわば名門に生まれながら役者としては不遇をかこった人物として好劇家に認識されている存在だ。
小生も寡聞にして、九朗右衛門の演技する姿には初めて接した。
オープニングクレジットで、「尾上九朗右衛門」の表記を見つけ、「すわ、これは意外な見ものかな」と思っていたが鑑賞中はすっかり忘れて、実は今これを書くにあたり再確認して役柄を確定した次第。
本作終盤で、一定の風格は見せているが、上述した加東大介による本寸法な歌舞伎そのものの演技に比べて、地味で目立たない存在であったことは否めない。

なお、九朗右衛門の最初の役者名は初代尾上右近。
すなわち、現在、歌舞伎だけでなく、清元・映画・テレビドラマ・バラエティ・ミュージカルと文字通り八面六臂の活躍を見せている当代尾上右近は、将来の襲名で三代目九朗右衛門になる可能性が高いことを付記しておきたい。

《参考》
*1 Wikipedia 下記各項で検索
「一本刀土俵入り」「加東大介」「田中春男」
「尾上九郎右衛門」
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 一本刀土俵入(1957)
1957年10月13日公開、83分、時代劇
moviewalker.jp/mv25279/

*3 加瀬健治のブログ
「一本刀土俵入」
September 6, 2013
plaza.rakuten.co.jp/kk0411/diary/201309060001/?scid=wi_blg_amp_diary_next

《上映館公式ページ》
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2024.4.29〜6.7 シネ・ヌーヴォ
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