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仮面のnetfilmsのレビュー・感想・評価

仮面(1987年製作の映画)
3.9
 いかにもセット丸出しのピンク色のTVセットの中で、余命を楽しむか弱き老夫婦たちが世界旅行を賭けて熾烈な戦いを繰り広げる。その様子を司会として纏めるのはクリスチャン・ラガニュー(フィリップ・ノワレ)という男だ。お決まりのTVプログラムはあたかも自分達と同じような素人に心地良い幸せを運んでくれる。彼女たちの朗らかな歌声と収録に集まった暇を持て余した貴婦人たちの羨望の眼差し。その中に1人、場違いな若者がじっと司会者の軽妙なトークを聞いている。ヴォルフ(ロバン・レヌッチ)という名の野心家の男はライターで、権力の中枢にいるラガニューに目を付ける。こんな相手の伝記など書いたところでバカみたいな自慢話と誇大妄想に終始するのは分かりきっているが、実は彼の意図は別にある。ラガニューは伝記作家の若い野心家に心を許し、週末に取材も兼ねてブルジョワジーの別荘へと年下の野心家を誘うのだ。運転手は口が聞けず、別荘には既にここを管理している秘書と、ほとんどラガニューとは関係ない1組の夫婦がいる。然し乍ら楽しい取材旅行は別荘に着いた時から暗転する。ヴォルフの目は黒く濁り、鏡台に向かい口紅でMの文字を綴り消して行く。シャブロルお得意のブルジョワジーのお戯れ的な疑似家族は最初から露悪的で、何かが起きる危険な空気に満ちている。フリッツ・ラングのMとの奇妙な符牒も例外ではない。

 勝利者の名前を持つラガニューはこの別荘の全てを牛耳る人物に他ならない。彼と対峙する持たざる者をヴォルフだとするならば、権力者との間で繰り広げられるテニスやチェスは彼らの主導権争いなのだ。これは『いとこ同志』から繰り返し反復されるシャブロルの通奏低音と言っていい。支配者はドライバーや秘書だけでなく、占い師やワインコレクターでさえも絶対的な支配下に置いている。その目に見えない服従はカトリーヌ(アンヌ・ブロシェ)という名の若い女性にももれなく向けられる。幼い頃に両親を失い、ラガニューに引き取られたカトリーヌは善悪の判断力すら欠いた状態でヴォルフの前に現れる。然し乍ら若い男の姿すら見たことがないカゴの中の青い鳥は血気盛んな若い男の姿に色めき立つ。そして彼女のキスにヴォルフも満更でもない表情を見せる。屋敷の中で繰り広げられるこの細やかな秘め事は細やかであるがゆえにセクシュアルでもある。カトリーヌの目は光に弱く、彼女が作った粘土人形の目は布で覆い隠されている。彼女がこの粘土人形を地面に叩きつけたり、野鳥を籠に入れて愛でる姿は盲目のメタファーで、気持ちを率直に言い表すことが出来ない彼女のラガニューへの絵もいわぬ怒りに他ならない。思想・心情を全て奪われたカトリーヌはヴォルフの言葉を聞くことで彼へと徐々に傾いて行く。

 然し乍らそれはカトリーヌ自身が言葉を獲得したことにはならない。クライマックスではブルジョワジーの末路が露悪的に示される。それまで観客を啓蒙したはずのショーは残酷な見世物ショーに成り果て、狼の名を冠したヴォルフはカトリーヌを妻だと紹介する。一見ハッピー・エンドに見えるその姿は更なる悲劇の連鎖を連想させて終わりを迎える。
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